2年目のイタリア行きに選んだ季節は晩秋。冬の足音が着々と近づく、そう、ちょうど今頃。目指すは、フランスと国境を接するピエモンテ州。お目当ては、この季節の、この地域でしか食べられない、あるリゾットだった。
ピエモンテ州のなかでも、ぶどう畑が幾重にも広がるランゲ丘陵地帯は、赤ワインの王様、バローロやバルバレスコの産地として世界的に有名だが、ぶどうの収穫が終わってから、もうひとつやってくる重大なイベントがある。それが、白トリュフだ。
ランゲ丘陵地帯のぶどう畑
同じくイタリアの秋の味覚の代表格であるフンギ・ポルチーニより何倍も貴重で、しかも世界で最も品質の高い白トリュフの産地とあって、毎年、海外から多くの食通たちが集う。そんなランゲ丘陵のなかでも、ひときわ小さい村の頂にある古いカステッロ(城)のホテルに、老舗のリストランテがあると噂に聞いて、前年の料理修行の最後に足を伸ばして数泊した。
地元の名士でワインづくりの先駆者の1人だった先代が、戦前にサヴォイア家から買い取った広大なぶどう畑と古いカステッロ。その遺志をついで、女三姉妹が、それぞれホテルの女主人、カンティーナ(ワイナリー)のオーナー、リストランテの料理長としての責務を分担しながら守り続けている。
三女リッリアーナがつくる、アニョロッティ・アル・プリン(ピエモンテのラヴィオリ)やブラッザート(牛の赤ワイン煮込み)など正統派ピエモンテ料理は、どれもこれも繊細な味わいながら、どこか武骨で雄々しくて、一発で虜になってしまった。
なかでも、ラスケーラという名物チーズのリゾットに、白トリュフをふんだんに載せたひと皿がどうしても忘れられず、勇気を出して「料理を勉強させてほしい」と手紙を書いたところ、意外にもあっさりとOKの返事をもらい、翌年の修行が実現した。
白トリュフの香りが充満する厨房で立ちつくす
貴族の血を引く一族の格式高いカステッロにもかかわらず、その敷居は驚くほど低かったけれど、今思えば、ここほど緊張した厨房はない。ピエモンテ人の特徴かもしれないが、皆、どことなく暗い表情で、イタリア人とは思えないほど口数が少ない。
静かな口調の長女リゼッタは、女主人ならではの威厳が漂い近寄りがたいし、三女リッリアーナは、だいたいはニコリともせず鍋と向かい合っていて、話しかける余地もない。
そのうえ、リッリアーナをチーフに、それを支える賄いの二人のおばさんも、長年積み上げられてきた持ち場がしっかりできあがっていて、作業に入り込むタイミングがまったく掴めないのだ。