星降る丘の白トリュフの城で、憧れのリゾットをマスターするまで

イタリアの秋の味覚の代表格、ピエモンテ州の白トリュフ


ここでの修行も終盤を迎える頃、気がつけばさまざまな料理をマスターしていた。しかし、リッリアーナが担当する、そして私がいちばん憧れていたリゾットにだけは、なんというか、彼女の聖域のような気がしてどうしても近寄れない。

それでもあきらめきれなくて、彼女がリゾットにとりかかると、まるで背後霊みたいに近づいて、背中越しにその手元を盗み見しては、手順や分量の目安をこそこそとノートに書き留める、というのを何日繰り返したことだろう。

すると、あるとき、突然リッリアーナがくるりと振り返り、「Tieni!(持ちなさい!)」と木べらを私に託したのだ。えっ、これって、どうしろってこと? リッリアーナはたったひと言「それ、2人分だからね」と付け加えただけで、あとは別の鍋のもとへ去ってしまい目を合わせようともしてくれない。

そこから先は、密かに頭の中に叩き込んでいた分量と手順を必死になぞりながら仕上げたことだけは覚えているが、あとはなぜだか全く記憶から抜け落ちている。 

翌朝、三姉妹の長女である女主人リゼッタから、「リゾット、マスターできたわね」と声をかけられる。見ていないようで、ずっと私のことを見守っていてくれたのは、この長女リゼッタだったのだ。気恥ずかしくも、飛び上がるほど嬉しかった。

最後の日は、賄い飯としてラスケーラのリゾットを私がつくることになった。リゼッタが、お客さん用の白トリュフをおもむろに取り出して、私のリゾットの上に、シャッシャッシャ……と贅沢な音を立てて、山盛りにすりおろしてくれたことも、ついこの前のことのように覚えている。



1年でいちばんの繁忙期に、よくぞこんな素人の東洋人を迎え入れてくれたものだと、思い出すたびに、彼らの懐の深さに感謝せずにいられない。

あれから18年。気がつけば今年も白トリュフの季節だ。今でも子連れで2〜3年に1度は訪れているけれど、子供たちが学校に上がってしまってからというもの、秋に渡伊することはなかなか叶わずにいる。

でも、いつの日か、息子たちが、私の料理修行に付き合ってくれなくなる日は、寂しいけれど必ず来るだろう。そうしたら、そのときは独りで白トリュフの季節に、迷わずここを目指そうか。存分に朝から深夜まで働いて、ひとりモップを洗いに外へ出ては、夜空に向かって思い切りハーッと息を吐き、世界一美しい闇に吸い込まれていく時間をひとりじめしたいと思う。

連載 : 会社員、イタリア家庭料理の道をゆく
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文=山中律子

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