公私混同にならないようにしつつも、双方が交差しあっているのは事実だ。自主映画では詰めが甘くなりがちな衣装やヘアメイクにも目が行き届いているのは、物作りが好きでファッション業界で仕事をしてきた賜物だろう。
「この作品はファッション性が強いとリアリティが出ないので、ブランドに協賛や衣装のお願いなどはしませんでしたが、観た人に『こういうテイストの女の子かわいいよね』と言ってもらえるよう私物や古着などを使って、色遣いなどで仕掛けを考えました。助監督からは『自主映画でこんなに衣装チェンジすることはない』と嫌がられましたが(笑)」
『月極オトコトモダチ』は、30歳を目前に、夢と現実の間で悩む男女が織りなす物語(提供:穐山茉由)
「映画関係者が好む『映画言語』も好きなので憧れますが、今作は映画関係者じゃない人、例えば同僚や友人が観ても楽しんでもらえるような作品を作りたいと思っていました。誰の心に刺さって欲しいかなど、プロットの段階から受け手を意識した作品作りは日頃から仕事でマーケティングをやっている経験がいきたかもしれません」
このような考え方は正に映画一辺倒の生活じゃなかったことに影響しているだろう。TIFFのプログラマーからも「社会人経験があったからこそ生ぽい表現で、今までの女性監督とは違う感じだった」と評価してもらえたそうだ。
兼業だからこそできたこと
「学校に通う時、映画祭に選ばれる時、いつも何か報告する際は心の片隅で『怒られるかもしれない』と不安もあったので、社長や上司、同僚の声には本当に救われました」
会社員が二刀流を実践するには、「圧倒的な才能と努力」や「巧みな社内政治力」がカギだと言われるが、「会社の方針」「社員同士の協力体制」がいかに整っているかも重要だ。実際ケイト・スペード ジャパン社員に話を聞いても、「(彼女の挑戦は)すごい励みになった」という声が多く、女性が9割を超える企業ではあるが女性特有の「妬みのような声もなかった」という。
「会社からは『両立できるなら、その道を探ってほしい』と言ってもらえてるので、引き続き映画製作にチャレンジしていきたいです。ただ同年代の『有望な若手監督』と言われている人でも映画だけでは生活が難しい状況のため、今は映画一本に絞る段階だと思っていないです」
製作費に関しては、「貯金を崩してやっているが、映画の興行だけではまだ赤字。製作費が戻ってくるかどうか」と言うのが実情だ。インディーズ映画の製作費は数百万円程度と言われ、安く済ませようと思ってもそれなりにまとまったお金が必要。しかし、映画祭の出品でチケットが売れてもお金は戻ってこないため、単独公開やDVD販売などをしないと収益は生まれない。映画に専念しないことを「覚悟が足りない」と思う人もいるかもしれないが、会社員として養われた冷静な視点があるからこその考えだろう。
「確定はしていないですが、『カメラを止めるな!』の影響もあって世間がインディーズ映画に関心を持っていること、TIFFに出品できたこともあり、単独公開も積極的に動きたいと思っています。作品のことを考えると新宿や有楽町のようなOLさんがいる場所で放映したいですね」
PRマネージャーと映画監督の兼業を経験できたからこそ、意識の改革と共存が生まれた。これから先、穐山茉由監督がどんな作品を作っていくか楽しみだ。
連載:クリエーションの一歩先を読み解く
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