外資系税務会計事務所に勤務していた12年前、図らずも声をかけていただき、天丼チェーン「てんや」を運営するテンコーポレーションの社長に就任しました。
外部から経営者を招くのは、企業が変革を求められている時。思えば、私自身、肩に力が入り、前のめりになっていましたが、銀行員時代に身に付けた組織運営や人事管理の知識・経験が生かせたこともあり、業績も順調に伸ばせ、初めての、それもいきなり上場企業の社長業としては十分合格点だと思っていました。
ところが、テンコーポレーションの社長を退任した後つらつら顧みると、社長としてもっとできることがあったのではないか、自分はマネジャーではあったけれども社長たるべき社長ではなかったのではないかという思いが募り、思い惑っていたそんなとき、本書と出合いました。
著者の教えと経験が交錯し、書かれている言葉ひとつひとつを噛み締めて、自分流に小冊子にまとめ直すためPCのキーボードを叩きながら、頭にも叩き込みました。
本書は、経営コンサルタントの第一人者と言われる一倉定氏の経営哲学をまとめた一冊で、事業活動の本質から最高責任者としてのあり方、組織論にいたるまで、社長にとって最も重要だとされる104項目が解説されています。
例えば、社長の責任について書かれたページを開くと、まず、見開き右側のページには「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも社長の責任である」という一文があり、その左側のページには「上に立つものは、部下が何をしようとすべて自分の責任という態度がなければ、本当の意味で人を使うことはできない。部下の信頼を得ることができないからである」と、解説されています。
この言葉に、私は大きな衝撃を受けました。そんなこと当たり前でしょうと頭では分かっていましたが、腹の括り方が足りなかったからその覚悟を社員の目に見える態度で体現できていなかった、と気付かされました。その他、あれやこれや気付のオンパレードでした。
その後、私は元気寿司の社長を経て、現在、グルメ杵屋のレストラン部門子会社の社長を務めており、多少なりとも社長業が身に付いてきたかなと思います。小冊子を読み返すと、今まで目に留らなかった言葉が、ああそれはこういうことだったのかと経験を積んだ今だからこそ気付かされることがあります。本書は新米社長の心得本としてうってつけですが、経験を重ねたベテラン社長にも羅針盤として座右に置いてほしいと思います。
人は必ず人と関わって生きていきます。本書はまた、経営者にとってだけでなく、人間関係のさまざまな場面で役立つ一冊です。
さえき・たかし◎1956年生まれ。80年、日本債券信用銀行入行、大蔵省出向、アーサー・アンダーセン、テンコーポレーション社長、コジマ執行役員、元気寿司社長を経て、2013年7月よりグルメ杵屋専務取締役、15年10月よりグルメ杵屋レストラン代表取締役社長。