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プロサッカー選手から経営者へ
自身の挫折を若者を救う力に変えて
幼少期からの夢を叶えてプロサッカー選手になるも挫折を経験。誰よりも苦い経験を知る薮崎真哉だからこそ、体育会系学生に特化した人材事業を成功に導くことができた。
「苦しいけれど、過去へのコンプレックスが成長を続けさせてくれている。」
─── 薮崎 真哉
精悍な顔立ちと、元Jリーガーにして経営者という異色の経歴。薮崎真哉は、華々しいプロフィールの持ち主だ。だが、実際の彼は、実はいくつもの挫折を経験した人間である。
薮崎がJリーグ・柏レイソルを退団したのは、24歳のときだった。子どもの頃からサッカーが大好きで、必死で努力して名門・習志野高校に入学。2年生でレギュラーになった。卒業と同時に柏レイソルに入団するも、彼はわずか6年で戦力外通告を受け、引退を余儀なくされたのである。怪我や故障があったわけではない。
「『サッカー選手になる』という夢を叶えたことに満足してしまい、サッカーという仕事にも自分自身にも真剣に向き合えていなかったんです」。
慢心して人生で最も大切なサッカーを失ってしまったこと。そして、もう絶対にプロには戻れないという事実。自分自身のそんな失敗と挫折をもとに設立したのが、体育会系学生に特化した人材事業を手がけるジールコミュニケーションズ(旧ジールキャリア)だった。
「サッカーを辞めざるを得ない状況になったとき、未練を断ち切るのが苦しかったんです。でも、一度自分の失敗や弱さを全部素直に受け止めて、気持ちを切り替えてビジネスパーソンとして愚直に努力する決意をしたから、経営者として結果を出してこられた。自分と同じようにスポーツへの道を諦めきれずにいる学生に、夢に期限を決め、切り替えることの大切さや、就職支援を通じて、スポーツ以外に視野を広げる機会を提供し、彼らがより輝ける人生選択ができるようにと考えています」
同時に、ジールコミュニケーションズ(旧ジールキャリア)でも、薮崎と同じく、元プロサッカー選手をはじめ、様々な競技で活躍していた社員が在籍している。彼らの経験が、就職活動をしている学生や企業とのマッチングに生かされ、2013年の設立から5年で売上高を10倍以上にした。
多くの社員が、薮崎と同じように目の前の仕事に打ち込んでいる。だが、なかにはスポーツへの未練を断ち切れない者もいる。プライベートでのフットサルや社会人サッカーに熱中して仕事がおろそかになっている社員に気づくと、薮崎はつい「お前は負け犬なんだぞ」と過剰な言葉をぶつけてしまうことがある。決して、勢いで言っているわけではない。かつて自分が戦力外通告を受けた時の経験から、社会人は一番に仕事に向き合うべきだと思っている。「相手の至らない部分をはっきり伝えたり、勤務態度を全否定するのは、僕にとっても苦しいこと。でも、部下に嫌われたくなくて物も言えないようでは、リーダーとしては失格ですから」。
サッカー選手としては挫折したが、薮崎は経営者としていくつもの成功を納めてきた。08年には、Webリスクコンサルティングを行うジールコミュニケーションズを起業。経営や採用活動等への弊害となる不本意な書き込みや炎上を対策する事業がたちまち注目を浴びて、東京本社に続いて大阪にも進出した。また、ジールコミュニケーションズ設立後には14年に2社を統括してホールディングス化している。
16年、ジールコミュニケーションズは、薮崎がかつて在籍した柏レイソルのユニフォームスポンサーになった。ユニフォームに社名を刻めるだけの収益を出すことは、経営者として目標としてきたことのひとつ。過去の挫折経験も昇華できるかと期待していたが、実際は違った。「想像していたほど素直には喜べなかった」と、薮崎は表情を曇らせる。今でも自分を許せないのだ。
「苦しいけれど、過去へのコンプレックスが成長を続けさせてくれている」。
チャンスを与えられたのに、サッカーときちんと向き合うことができなかった。そんな過去を埋めるかのように、彼は自身と向き合い、歩み続けている。
自分への戒めも込めて、自社のクレドにこんな言葉を並べた。「かけがえのない今日」「歩みを止めず常に前へ」「努力なくして成功なし」...。
薮崎は力を込めて言う。「大切な事は目標を達成するために目の前の仕事に向き合い、愚直に努力し、成長を続けることです」。過去の経験からたどり着いた経営哲学だ。
薮崎は自分の失敗や弱さを包み隠さず話す。全てを受け入れることが成長につながると考えているからだ。ある社員はこんなエピソードを明かす。
「会社説明会でも薮崎は決して媚びないし、会社をよく見せようと誇張した表現も使わない。自分や会社の等身大の姿を知ってもらい、納得した人に集まってほしいと考えているんです」。
現に、ジールコミュニケーションズには、薮崎のそんな潔さに惹かれた人々が集まっている。
BIOGRAPHY
■1997 高校卒業後、Jリーグ・柏レイソルに入団
■2003 柏レイソルを退団、営業職として就職し、トップの成績を残す
■2004 独立、起業する
■2008 新たにジールコミュニケーションズ設立
■2013 ジールアスリートエージェンシー設立
■2014 上記2社を統括するジールホールディングスを設立
■2016 柏レイソルのユニフォームスポンサーに
■2020 ジールコミュニケーションズに3社が経営統合
吉田彩乃 = 文 廣瀬順二 = 写真 堀口和貢 = スタイリング
AKINO(Llano Hair(3rd)) = ヘアメイク 青山 鼓 = 編集
ジャケット¥172,000、パンツ¥68,000(カンタータ/カルネ ☎︎03-6407-1847)、シャツ¥33,000、ネクタイ¥15,000、チーフ¥8,000(ザ・クロークルーム/ザ・クロークルーム ☎︎03-6263-9976)