これは特異な例だが、人間はシーンや体の状況に応じた「適温」を求めている。しかも個々で異なる。それゆえ、適温は自己管理の範疇という捉え方が大半だが、自社の技術を社内ベンチャーとして適温ビジネスに昇華させた例を紹介したい。
凍らせない技術を応用
「水は何度で固まりますか?」と聞かれたら「0度」と答えるのが普通だろう。水に限らず、液体には凝固点があり、特定の温度になると凍ってしまう。しかし、モニターやディスプレイに使われている液晶は、どのような環境下でも凍ってはいけないため「凍らない」配合をしている。
であれば、決まった温度で融かすことができる材料を開発できるはず……と開発されたのが、シャープの有する「潜熱蓄熱技術」だ。これは、−24度〜+28度の間で融ける温度を設定できるというもの。停電が頻発するインドネシアで、冷蔵庫の温度が保てない状況を解消するために応用され、2014年に商品化されている。
それまでずっと携わってきた商品企画から一転、2014年秋に研究開発本部(現 研究開発事業本部)に異動になった西橋雅子氏は、研究所内の研究テーマをスピード上げて事業化する役割を任命され、この潜熱蓄熱技術と出合うことになる。
これは他にも役立てるのではないか。既存の家電製品の枠組みを超えた可能性を考え、「おいしくものを食べる」という視点で人やモノの適温を追求してはどうか──。そうして潜熱蓄熱技術を開発した内海夕香氏をCTOとして迎え、社内ベンチャー「TEKION LAB」を立ち上げることとなった。
テキオンラボ CTO・内海夕香 博士(工学)
日本酒の「適温」を実現
プロトタイプができあがった頃、クラウドファンディングのMakuakeに販路の相談へ行くと、現在日本酒がブームという話を聞く。「日本酒の適温も銘柄によって異なるから、技術と合うのではないか」とアドバイスをもらい、その縁で埼玉県にある石井酒造を紹介してもらった。
あまり知られていないが、日本酒の温度は10段階に分けられ、それぞれに名前がつけられている。よく言われる「熱燗」は50度前後、「冷や」常温で、20〜25度前後。実際に冷やして飲むのは、「花冷え(10度前後)」や「雪冷え(5度前後)」と呼ばれる。
しかし、「日本酒は冷やしすぎると香りが飛ぶ」という。よって冬は熱燗、夏は冷酒というほど単純ではなく、夏場の日本酒には課題があった。
ところが、さらに冷やして氷点下で飲んでみると、口のなかに入れた瞬間はキリッと、転がすと体温で日本酒の花が開く瞬間が訪れた。
そこで生まれたのが、−2度で飲む日本酒「冬単衣(ふゆひとえ)」だ。冷蔵庫で冷やしたあと、蓄冷材料を活用した専用保冷バッグに入れると最適な−2度前後をキープでき、雪どけのような味わいを楽しめる。ネーミングや飲み方も酒造とともに開発し、2017年にクラウドファンディングを実施したところ、目標を1832%上回る1832万5800円集めることに成功した。