丹波篠山は四方を山に囲まれた盆地である。東の山を越えると京都に抜けるこの地方は、かつては京文化の影響が強く、いまでも古い家屋がその面影をとどめたまま、雑貨屋やカフェとなって軒を連ね、武家屋敷があった通りも昔の風情を伝えている。市街地から離れてさらに北東へ、豆畑を左右に見ながら細い田舎道をタクシーは走っていく。
「ここまでお客さんを乗せてきたことはありますか」と運転手に訊くと、「何度もあります。──客層ですか。女の人やね。30代の若い女性もおるし、高齢のご婦人も連れ立って来られます」と返ってくる。この地の“仕掛け人”に話を聞いたとおりだ。
しかし、観光客はこんな何もないところに何を求めて来るのか? 車を降りてあらためて辺りを見渡すと、農家と田畑、そして杉や檜で覆われた小高い山以外はなにも見えない。
いま、この「集落丸山」に、女性を中心に観光客がコンスタントに訪れている。空き家になっていた古民家をリノベーションし、宿泊空間として再生させているからだ。さらにこの手法を全国展開し、地域再生をビジネスとしているのが、藤原岳史率いるNOTE(ノオト)である。
藤原が全国各地の古民家を見て回り、「これはいける」と判断した古民家は、NOTEが買い上げ、さらに投資してリノベーションする。古い外観そのままに新しくなった古民家は賃貸物件として、オペレーターが借りて運用する。その用途は宿泊、カフェ、工房とさまざまだ。
改修に着手するか否かの経営判断、改修の方向性、借り手の選定などが藤原の仕事となる。オペレーターから提出された事業計画の査定、さらにNOTEに入ってくる収益による損益の計算も担当だ。つまりNOTEは古民家再生をビジネスとしている。「ビジネスとしてやらなければ、古民家は文化財として冷凍保存されるしかなく、本当の再生などできない」というのが藤原の持論である。
宿泊棟の中を見せてもらった。なるほど、高級ホテルに泊まるのとは別種の、別荘に泊まるのとも異なる、贅沢な空間だ。「ここに来る人は何をするというわけではない。この土地の中のこの家に身を置くことが目的なのです」という藤原の言葉が先の疑問の答えとなった。
社名は「農の都」から
料金は1棟で40000円、宿泊者1名につきサービス料金5000円+消費税となっている。この値段はいったいどのように決められたのだろうか? 「大抵のホテル経営者は部屋の利用率を70%で試算する。けれど、僕らは30%に下げて、運営側の地元の人たちにも利益が残るような値段を探っていったら、この数字になったのです」
NOTEは古民家再生による地方創生の舞台では独壇場のパフォーマンスを見せている。篠山市内には篠山城下町ホテルNIPPONIAがあり、このNIPPONIAはブランドとなって、日本各地で展開されようとしている。
では、どこまで広げるつもりなのか?
「日本には古民家と呼べる建物が149万棟あると言われています。その中で再生して利用できるものは30万棟くらい。しかし、これは僕らだけでは手に余る数字です。その10%の3万棟を自分たちの手で再生できればと考えている。だから、出でよ、コンペティター、なんです」
ちなみに、NOTEが本社を置く丹波篠山地方は、丹波黒大豆や丹波大納言(小豆)、松茸、山芋、猪肉など高品質な食材を産出し、観光と農業を組み合わせたグリーンツーリズムも盛んで、「農の都」とも言われている。NOTEの社名はそれをつづめて呼ぶ「農都」に由来する。
本社もこの地にあるが、代表取締役である藤原が、オフィスに戻るのは月に2、3日。今日も、古民家を再生するべく日本中を駆け回っている。