移動をなくす、「幽体離脱」のテクノロジー

5月29日に発表された「MODEL H」とテレイグジスタンスの富岡仁 共同創業者兼CEO


しかし、武藤は時間が経つにつれて、別のことを考え始めた。それは「地方は人口減少で人手不足」という課題への疑問だ。県庁で情報インフラを担当していたころ、彼は夕方に退庁すると、障害者施設や引きこもりの家庭を訪ね歩いた。

「情報インフラと言う前に、もっとやることがあるような気がしました。引きこもりの子がいる家庭は予想以上に多く、高齢の親は子どもの将来を心配しています。外出できないのは対人コミュニケーションが原因です。環境を用意することが重要ではないかと思うようになりました」

発達障害や身体障害がある人たちにも話を聞くと、社会参加を望んでいる。しかし、施設の仕事は割り箸の袋詰めのような作業に限定されており、平均月収は2万円ほど。自立にはほど遠い。

「労働力って健常者だけではないと思いました」と武藤は言う。働きたくても仕事に行けない事情がある。大分県内だけでもこうした「潜在的労働力」は放置されたままだ。一体、日本でどれだけの人が置き去りにされているのか。公民館などで作業環境をつくり、大都会の仕事を遠隔でできないものか。つまり、都市と地方から「距離」の障害をなくすことで、「働く」という概念を一気に変えられる。

武藤の話を聞き、富岡と彦坂はこう答えた。「それは、テレイグジスタンスの目指すところです」。

可能性を広げる無人店舗

富岡たちが考えたのは二本立て戦略だった。一つは宇宙事業といった時間あたりのコストが極端に高い、「高負荷・高単価」の仕事である。もう一つが小売りだ。産業の中でもっとも従事者が多く、有効求人倍率も2.6倍(2017年)。しかし、店舗がある地域の人しか働けないため、人手不足が起きている。富岡が言う。

「中国で急速な勢いで無人店舗が増えています。ただ、無人化しているのは決済の部分だけです。入荷、検品、陳列、接客のうち、自動化・遠隔化できるものはもっとあると気づいたのです」

富岡は三菱商事時代、シリコンバレーでファンドを組んでいた習性から、小売りのアイデアを数字にしてモデリングしてみた。「僕の中では大ホームランの発想でした」と言う富岡に、採算は? と問うと、彼はこう答えた。「ありでした」。

小売、旅行、危険作業から社会参加をしたくてもできない人たちの就労や都市の集中緩和まで。「距離」という考えがなくなると、人間の生活はどう変わるのか。この夏、「MODEL H」がまずは「観光」から可能性を切り開いていく。


富岡 仁◎テレイグジスタンス共同創業者兼CEO。スタンフォード大学経営大学院修士。2004年に三菱商事入社。16年にジョン・ルース元駐日大使や米ベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロウィッツ」のパートナーだったアシュビン・バチレディらとグロースキャピタルファンド「Geodesic Capital」を組成、運用。

舘 暲◎1946年生まれ。東京大学名誉教授、工学博士。バーチャルリアリティを学問領域として確立し、日本バーチャルリアリティ学会初代会長を務めた。ロボティクスと計測制御の国際化に貢献し、国内外の賞を数多く受賞している。

文=藤吉雅春 写真=岩沢蘭

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