一緒に起業した仲間を解雇しなければならない、親友を降格させる必要がある、友人の会社のエースが自社に移りたがっている──あなたが起業家で、こんな場面に直面したらどうしますか。
著者のベン・ホロウィッツ氏は、ベンチャーキャピタルの共同創業者で、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグや、グーグルを創業し、現在はアルファベットのCEOを務めているラリー・ペイジなど、若手起業家から絶大な信頼を集めています。
彼が起業家から慕われる理由のひとつは、彼自身が“経験者”だからでしょう。起業家ならば誰しもが直面する困難や苦悩を体験している。冒頭に挙げた悩ましい事態はその一端です。
本書は、彼が実際に直面したトラブルにどう対処してきたのかを綴った一冊です。しかも赤裸々に。
経営に順風満帆などあり得ないのですが、書籍になるときには、泥臭い部分が洗い流されて、こざっぱりとキレイにまとまってしまうものです。しかし、この一冊は違います。ここまで生々しく自らの体験や失敗を語ったビジネス書はとても珍しいのではないでしょうか。
また、“人”に多くのページを割いているのも特徴でしょう。企業にとって最も大切なものは、言うまでもなく人です。多彩な個性が集まり、互いに補い合うチームで切磋琢磨し、成長する。その結果、優れた製品やサービスが生まれ、経済的な利益につながるわけです。あくまで起点は人だということを忘れてはいけません。その一方で、人ほど難しい要素もありません。起業家が直面する最大の困難は、人に起因するものが多く、私自身も創業以来、人の問題から解放されたことはありません。
明確に意識し始めたのは創業から3年が経ったころ。起業から息をつく間もなく走り続け、売り上げも倍々で増え続けていました。現場にはムリもさせていたのでしょう。副作用として社内に不協和音が響き始め、80人ほどの小さな所帯なのに目指す方向性はバラバラ。意見の相違が目立つようになっていました。
“人”の問題に特効薬はありません。経営方針を見直し、社員一人ひとりと面談するなど、ひたすらもがき続けました。本書を読んでいると、当時のさまざまなシーンがまざまざと脳裏によみがえり、胃が痛くなることもあります(笑)。
著者も言うように、この本の内容をそのまま適用できる場面はおそらくないでしょう。ただ、困難に直面したときに先達がどう対処したのか、追体験できる。常に孤独な判断を迫られる起業家にとって心強い道しるべとなるはずです。
title : HARD THINGS
author : 著 ベン・ホロウィッツ 訳 滑川海彦、高橋信夫
data : 日経BP社 1944円(税別) 392ページ
うるしばら・しげる◎1965年生まれ。87年、東京大学工学部卒業後、沖電気工業へ入社。2000年、ウルシステムズを創業し、代表取締役社長に就任。06年、大阪証券取引所(現東京証券取引所)JASDAQ スタンダードに上場。11年よりULSグループ代表取締役社長を兼任する。