ビジネス

2018.04.05 14:30

ヨーロッパで学んだ、ビジネスの規制の中の自由|出井伸之


さらに、次々に問題が起こり思うように上手く進まず途方にくれた私は、16区にあるトロカデロ広場から美しいエッフェル塔と月を眺め、「どうやったらフランスという壁の内側に入っていけるのか……」と涙したこともあった。

結果的には、約2年を要しスエズ銀行との合弁会社として現地法人の設立を大蔵省から許可してもらった。そしてソニー・フランスの社長には、当時フランス電子工業会の会長だったジャック・ドント氏に就任していただく約束を取り付け、なんとか形を整えることができた。その時私は、34歳だった。

しかし、この契約を決める段階で本社から合弁の相手先に反対があり、猛烈に意見を対立させた私に対し帰国命令が出たため、その時はいっそソニーを辞職しようかと思ったが、盛田さんの説得で留まり帰国した。その翌年の1973年に、ソニー・フランスは設立した。

私はこういった経験から、組織の軋轢というものを改めて感じた。しかし、どんな状況でも自分がしたいことや個の考えをきちんと述べるべきだと心に誓った。

パリでの生活

フランスに滞在していた4年間で、とてもお世話になった人がいる。私の父の友人の娘さんで、女優の谷洋子さんだ。彼女は私に、文化人を知らないとフランス社会に入ったことにはならないと言い、様々なコミュニティに私を連れて行ってくれた。そしてたくさんの人を紹介してくれた。

谷さんは、いわばフランスでの私のメンターのような存在だった。彼女の友人で筆記具メーカービックの創設者マルセル・バロン・ビック男爵と3人でしょっちゅう食事をし、デザイナーのピエール・カルダン氏や日本人モデルのマツモトヒロコさん、それに女優のミレーヌ・ドモンジョさんら華やかな人たちとも交際を楽しめた素晴らしい経験は、私にとってかけがえのない財産となっている。

1969年7月、谷洋子さんは、「天井桟敷の人々」や「北ホテル」の作品で有名な映画監督マルセル・カルネ氏をパーティに呼んだ。その日はアポロが月面着陸するという日で、みんなでその様子をテレビで観ていたが、監督が「テレビなんて見ていないで、外に出て月を見よう! そのほうがずっとわくわくする」と言って、外に出て本物の月を眺め感動したことは、今でもよく覚えている。

国全体を変えるフレンチ・テックの波

今、文化と芸術の街パリで、フレンチ・テックによる変化の波が起きている。

そのひとつに、2017年にオープンした世界最大のインキュベーション施設「Station F」がある。もともと廃駅だったこの場所に、スタートアップが3000社もオフィスを構えられるように整備され、パートナー企業や投資家がサポートとして存在し、ゼロイチを創出するための仕組みを実現している。

フランスでもベンチャーをもっと育てていかなければ、という流れから、イスラエルに学ぶ精神で急速に変化をみせている。マクロン仏大統領の登場により新しい流れが起き、税制や規制も変わりつつあるフランスのこれからに、私は注目している。

5月上旬に私はヨーロッパを訪問し、フランスではこの「Station F」を見てくる。FはFrance(フランス)、Femmes(女性)、Founder(創業者)の意味があるそうだ。現在ベンチャーキャピタルを立ち上げている元官僚で元ビベンディ・ユニバーサルの会長ジャン・マリーメシエ氏にも会い、フランスの変革とその動きそして今後の展望について聞いてくるつもりだ。

フランスは、みんなが目をキラキラと輝かせる“社会”に変革していくのではないだろうか。私は、とても楽しみにしている。このヨーロッパ出張の話は、またどこかで機会があればしたいと思う。

The IDEI Dictionary 〜変革のレッスン〜
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インタビュー=谷本有香 構成=細田知美 撮影=藤井さおり 取材協力=Quantum Leaps Corporation 撮影協力=KNOCK CUCINA BUONA ITALIANA MIDTOWN

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