66歳と33歳 ふたりの起業家が挑む「次の当たり前」

三輪玄二郎(左)松本恭攝(右)


〈生き残るのは強い種でもなく、賢い種でもなく、変化に適応できるものである〉。高校時代、三輪が気に入ったダーウィンの言葉だ。

彼が好んで仕事にしてきたのも、「前例のないこと」である。ハリウッドの映画会社に脚本を持ち込んでは相手にされなかった無名のソダーバーグにデビュー作を撮らせるなど、前例のないことをいかにして実現させるか腐心してきた三輪が、もっとも世界に貢献した仕事。それは、やけどの治療に関する仕事だ。

1975年、ハーバード大学医学部のハワード・グリーン教授が、ヒトの皮膚細胞を大量培養する技術を発明した。83年に体の95%以上の大やけどを負った二人の子どもに移植が成功し、命を救ったことが報告されると、ハーバード発ベンチャーを設立して実用化を目指すことになった。共同創業者として声がかかったのが、三輪である。

東京でサラリーマンを経て、ハーバード・ビジネス・スクールに入学した三輪は、卒業後、借金した学費を一部肩代わりしてくれるボストンのコンサルタント会社ベインに勤務。2年間、戦略コンサルとして大手企業のCEOたちと仕事をした。その後、ハーバード時代の仲間と投資会社を設立したときに、ハーバード発ベンチャーに参画する。

「培養表皮の実用化には私がいたビジネススクール以外にも、契約に関してはロースクール、倫理については神学部、そしてボストンには製薬企業が複数あるので既存の大手や中堅企業と協力体制をつくり、発明者と組んで種を育てていくエコシステムを経験しました」

世界中で悲惨なやけどを負った人々を助け、グリーン教授は「再生医療の父」と呼ばれるようになる。

「ここで私が学んだのは」と三輪が続ける。「一人勝ちをしないことです。発明された技術を取るのではなく、コンソーシアムをつくって育てる基盤を提供し、果実をシェアする考えです」



iPS細胞による血液製剤の話を相談されたとき、三輪がやるべきことは経験のなかにあった。まず、特許の管理。日本の国立大学はシェアと対極にある。大学が研究者の特許を保有しても、実用化に向けた人も予算もないし、価値をわからずに宝の持ち腐れになるケースすらある。「せっかくの特許も腐っちゃうよ」と、三輪は大学から買い戻した。

しかし、2011年に設立したメガカリオンは、最初の2年間を資金集めで苦労している。投資家たちから軒並み「無理です」と断られたのは、前例のない人類規模の話であり、ベンチャー企業には不可能な事業と判断されたからだ。

そのとき、三輪に接触してきたのが、アメリカ国防総省だった。ペンタゴンから十人以上もの人間がやってきて、「米軍が開発費をすべて出します。ただし、知的財産はすべて米国のものとなります」と告げたのだ。三輪が振り返る。

「培養表皮のときも最初の資金提供者は米軍でした。軍隊では重度のやけどが起こりうるからです。私は高校時代の同級生で、経済産業省の事務次官だった松永和夫くんと自宅で食事をしながら相談しました。すると、松永くんは『それだけはやめてくれ』と言い出したのです」

松永は「日本は技術で勝って、ビジネスで負けてきた。絶対に日本の資金でやれよ。そのために産業革新機構をつくったんだから」と言うのだ。東日本大震災後、松永は菅直人政権から更迭されて民間人になっていたため、すぐに産業革新機構を紹介した。

産業革新機構が株主になると、次々とベンチャーキャピタルが後に続いた。そして自社開発ではなく、大きな枠をつくり、アメリカで経験したコンソーシアムを形成するのが三輪の戦略だ。

無菌状態で培養した液剤を自動パッキングしてくれる企業を探し歩き、三輪は京都製作所という会社を訪ねた。iPS細胞など前例のない仕事を受けてくれるのか。そう思っていると、作業着姿の社長が粋な言葉でこう言うのだ。「うちは宮大工みたいなものだから、何でも工夫してつくりますよ」。

光る技術をもった企業が15社そろうと、山中教授からメールが届いた。ハーバード大学のジョージ・デイリー医学部長が「大学として臨床試験に協力する」という。iPS細胞の研究で山中教授に先を越されてノーベル賞を逃した医学部長である。医学界の総本山・ハーバードが協力すれば、実用化に向けて勢いがつく。三輪はこう話す。

「10代のころ、毎朝“今日は何が起きるだろう”という期待感とともに起床するのが楽しみでした。あの高揚感を味わいたくて多種多様な起業に携わってきましたのですが、メガカリオンは特別です。半世紀ぶりに10代の高揚感を再体験しています」

いま、山中教授はこう言っているという。「ゴールがどのあたりか、見えてきましたね」
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文=藤吉雅春 写真=ヤン・ブース スタイリング=石関淑史 ヘアメイク=桜井 浩

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