2011年11月、慈善家ピエール・ラソンド氏はこのエンジニアリング・スクールの創立に2500万カナダドルを寄付すると発表した。同時にヨーク大学も同額、さらにオンタリオ州が5000万カナダドルの寄付を決定。総額2億5000万カナダドルという金額が、同学部に寄せられた期待の高さを物語る。
カナダ・トロントのヨーク大学、ラソンド・スクール・オブ・エンジニアリング
カナダで最後にエンジニアリング・スクールが作られたのは40年前のこと。「ラソンド氏と私はずっと、どんな学校を作るべきか考え続けていました」と学部長のジャヌス・コジンスキー氏は述懐する。
「世界は急速に変化しており、気候変動、過密人口、貧困といった新しい問題が登場しています。にもかかわらずエンジニアリング教育は長い間変わっていません。私がエンジニアリングを学んだのは1970年代ですが、今も同じような教科書を使っています。エンジニアという職業は20年後どうなっているか、世界の課題にどう向き合えばいいのか、教育システムはどうあるべきなのか……。私たちは自らに問い、やがて“根本的に新しいことをやらないといけない”という結論に達しました」
ソーシャル機能に特化し、反転授業を支える学習環境
ラソンドの教育方針は3つの理念にまとめられている。1つめは「ルネッサンス・エンジニアリング・カリキュラム」。エンジニアリングを究めるためのラボを備えつつ、ヨーク大学のMBAおよび法科大学院とパートナーシップを組み、エンジニアリングからビジネス、法律まであわせて学べる環境を整えた。
「ここはアントレプレナー養成機関でもあります。卒業生には『仕事に満足できない』状態になってほしくありません。自分のため他人のために仕事をクリエイトする、あるいは起業する。そのために必要な、ビジネスプランの立て方や会社の設立方法、運営ノウハウを多角的に学んでもらいたいのです」(コジンスキー氏)
ラソンドでは、最長1年半のインターンシップを行う期間が用意され、単位として認められている。インターンを通じて、リアルなビジネス感覚を養わせるのが狙いだ。起業を志す学生に対しては、大学が最初の出資者やカスタマーになるなどのサポートも手厚い。
大きなセミナールーム。研究発表会、投資家へのプレゼンなど人数にあわせたコミュニケーションスペースが用意されている。
大講堂での講義を減らし、実践に時間を割く
2つめの理念が「反転授業」。一般的な大学では教授が大講堂で講義を行い、生徒は授業以外の時間に個々の課題に取り組む。しかしラソンドでは、学生はあらかじめ自宅や図書館などでオンライン講義を受け、授業ではディスカッションや実技を行う。
講義ではなく実践に時間を割く、最新の教育システムだ。そのため建物自体も反転授業に最適化させた。設計に携わったZASアーキテクトのコスタス・カツァラス氏は次のように語る。
「講義室をなくしたかわりに、校舎内の至るところにコミュニケーションスペースを設置しました。廊下のホワイトボードや様々なラボ、地下の広いガレージもそう。反転授業を効果的に行うには、学生たちが時間や空間の隔てなくシームレスに交流しあい問題解決に取り組む、ソーシャルな環境が欠かせません。この大学は授業を受ける場所ではなく、“コラボレートする場”なのです」