アート界をゆるがす「ロックフェラーの至宝」売却の裏側

クリスティーズ・ロンドン、6月26日「近代イギリス&アイルランド美術」プレビュー会場。中央の彫刻はヘンリー・ムーアの《ファミリー・グループ》。

初夏の爽やかな陽光が射し込む中、クリスティーズ本社CEOギョーム・セルッティへのインタビューは続いた。仏官界、美術館・オークション業界にまたがる同氏の華麗な経歴、若きころの日本でのインターン経験など、話は尽きない。

ついに話題は、来春に予定されている故デービッド・ロックフェラーコレクションのオークションへと至った。

親日家でもあった元チェースマンハッタン銀行CEOのデイヴィッド・ロックフェラーは、今春101歳で亡くなった。

落札総額が6.3億ドル(700億円)以上とも噂される遺されたアートコレクションの売却をクリスティーズが一手に引き受けることがこの取材の数週間前に発表された。記録的だった故イヴ・サンローランコレクションの4.8億ドルをすでに軽く上回る評価だ。さらに、「ロックフェラー・プレミアム」が付くことを考えると、オークション結果が最終的にどれだけの額に達するか想像もつかない。ロックフェラー家は売り上げの全額をチャリティーに寄付する。

デイヴィッドの母、アビー・アルドリッチがニューヨーク近代美術館(MoMA)設立に深くかかわったりと、ロックフェラー家はアートに造詣が深いことで知られてきた。「ロックフェラー家旧蔵」という来歴は最高のアートの代名詞にほかならない。

セルッティに、どのようにサザビーズにコンペで勝ち、ロックフェラーコレクション売却の権利を獲得したのか、答えを期待せず聞いてみた。

「あいにく、それについてはサザビーズと競った事実があったかどうかも言えないのです。ただし、ロックフェラーコレクションについては近代絵画・彫刻ばかりが話題になっていますが、実は装飾美術の名品も数多くあることは意外に知られていませんので、強調したいですね」

やはりそこまで聞きだすのが精いっぱいだった。それもそのはず、この規模のコレクション出品交渉になると、お互いの弁護士、公認会計士、アートアドバイザー等が同席し、M&Aの交渉さながらに細部まで取り決めが行われる。

世界の主要な都市への下見会の巡回、有力メディアでの広報、ハードカバーのオークションカタログ別冊の出版、著名研究者による作品解説等が約束されるのは当たり前で、時にはプレビュー会場で絵をどの壁面のどの高さに掛けるか、さらにオークション当日どのオークショニアに担当させるかといった事柄にまで及ぶ。


メインのプレビュー会場へと続く踊り場の周囲にも、所狭しと作品が展示されている。創業250年の伝統と格式がうかがえる空間。

ファイナンス的には、一定金額までの前払いか、落札の成否にかかわらず一定金額の支払いを契約書に織り込むこともある。こういう場面になると、弁護士よりもむしろアートアドバイザーの出番となる。
次ページ > 「経営」と「アート」両立できる存在

文=石坂泰章

この記事は 「Forbes JAPAN No.39 2017年10月号(2017/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事