猪子:そう。で、実際に着てみると初めて自分の体にフィットするのがわかるんですよ。立体的なシルエットが美しくて、かっこよく見える。しかもシワにならない! これ着たまま飛行機で熟睡して、起きたらそのまま仕事に行けるんですよ。超ちゃんとして見える!
橋本:ウールのスーツを着て寝るわけにはいかないからね。
猪子:そうなの。でも橋本さんのスーツはジャージ感覚で着られる。なんなら部屋着や寝間着より着心地がよくて、ぐっすり眠れる。本当に。僕は病的に出張が多くて、3日連続寝るのは機内っていう日もあるんです。飛行機降りたら空港でメディアが待っていたり、現場から現場へ飛んでお客様に会って、またすぐ飛行機で戻ったり。だから機内で着心地のいいスーツを着て熟睡できるって、本当にありがたいんです。
橋本:このスーツはよく伸びる生地を使っているんです。これ、メンズ服の世界の生地じゃないんですよ。おばちゃんの服の生地なんです。おばちゃん御用達のメーカーから生地を卸しているから、伸びが異常にいいんですよね。そこに、光の加減によって見えるカモフラージュ柄を入れて、男っぽくしたんです。だから伸びるうえに、他のメンズ服とは絶対に被らないんですよ。おばちゃん服の生地メーカーと取引しているブランドは他にないから。
猪子:カモフラージュ柄は、別にどっちでもいいんだけど…。
橋本:これが大事なんですよ! 店でもよく「無地のほうがいい」って言われるんですけど、カモフラージュ柄を入れないと、おばさんっぽい雰囲気が一気に出てきちゃうから。もしくは体育の先生(笑)。
猪子:なるほど! すみません、素人が出すぎた真似を(笑)。
──橋本さんは、なぜ着心地にこだわって服を作っているのでしょうか?
橋本:僕は学校に通って一から服の勉強をしたわけじゃないので、服を平面的な物として捉えていないんです。着ている状態でしか考えない。だから着心地がどうとか、どこをどんなふうに詰めたらかっこよく見えるか、っていうことを一番に考えられるんです。
猪子:そこが他のブランドとは違うんですね。でも、一般的な人はそこまで着心地の良さを求めないですよね? スーツ着て寝るわけじゃないし。
橋本:確かに、スーツを着て寝る人はそんなにいないけど。でも着心地のいい服には、広告的な効果があるんですよ。服は、繰り返し着てもらうことが大事なんです。例えば猪子さんに3回会うとする。3回とも同じ服を着ていたら、3回目に聞くと思うんですよ。「なんなん? そのスーツ」って。
猪子:うん、気になるから。しかも僕の場合、本当に毎回同じ服着てる(笑)。
橋本:そう聞かれたときに服の紹介をしてもらえると、相手の脳にジュンハシモトがインプットされますよね。で、どこか他の場所で見つけたときに「あ、猪子さんの言ってた服だ!」って思い出す。そういうサイクルが大事なんです。普通に広告を打つより、人と人が連鎖しているほうが絶対に記憶に残る。
猪子:僕なんて気に入りすぎて、毎日のように着てますからね。もはや労働着(笑)。パンツは3か月で2本買いましたもん。
橋本:ちなみに今日猪子さんが履いているパンツは、世界に1つしかないんですよ。ポケットが開いていると小銭が落ちちゃうって言うから、特注でファスナーを付けたんです!
猪子:違う違う! 小銭じゃなくて鍵! 1回落とすとトラウマになっちゃうんですよ。
橋本:あ、鍵か。着心地を考えると、どうしても表面がツルツルしちゃうんですよね。
猪子:まぁ、鍵の話は置いといて…。世界に目を向ければ、橋本さんの服を求めている人はもっと大勢いると思いますよ。飛行機でとにかくよく眠れて、すぐ現場に行けて、メディアに写真を撮られてもよくて、スポンサーに会っても失礼じゃない。こんなスーツは他にないから。[第4回に続く]
猪子寿之/チームラボ代表◎1977年生まれ。2001年東京大学計数工学科卒業時にチームラボ設立。チームラボは、プログラマ、エンジニア、CGアニメーター、絵師、数学者、建築家、ウェブデザイナー、グラフィックデザイナー、編集者など、デジタル社会の様々な分野のスペシャリストから構成されているウルトラテクノロジスト集団。アート、サイエンス、テクノロジー、クリエイティビティの境界を越えて、集団的創造をコンセプトに活動している。https://www.teamlab.art/jp/
橋本淳/ジュンハシモト デザイナー◎1992年、地元徳島のセレクトショップでインポートや古着を仕入、販売。1996年、レクレルール日本一号店にてバイヤーを務める。2000年、単身イタリアに渡り、伊ブランド「カルペ ディエム」を運営する会社初の外国人スタッフとし、営業・企画に携わりながら、服作りを学ぶ。2003年、同ブランド代理店を設立するため帰国。翌年、ショールーム「wjk」を設立。2008年、自身のブランド「ジュンハシモト」をスタート。