この連載では、半年間のサバティカルをとり渡米した筆者が、米国の最先端の教育事例や専門家との対話を通じて、日本の教育改革に如何なる示唆を得ることができるのかを考察していく。
第1回は、教育格差を埋める施策として注目される教育の無償化について。筆者が2004年〜05年、スタンフォード大学修士課程時代に学んだ同学重鎮であり、世界銀行やOECDなどの教育政策アドバイザーも務めるマーティン・カーノイ教授に聞いた。
全員一律無償化の落とし穴
教授との12年ぶりの再会は、キャンパス内にあるCERAS(Center for Educational Research at Stanford)の一室だった。高等教育のファイナンシングを最近の研究対象とする教授に、日本で現在議論になっている高等教育無償化についての考えを聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「それは富裕層優遇になりかねないね」と。教授の考えはこうだ。
「例えばカリフォルニア州立大学では授業料を年間1万2000ドルに設定しているが、実際の教育コストは2万5000ドルかかっており、差額の1万3000ドルを税金から補助している。対してサンノゼ州立大学は年間5000ドルの授業料に対して、実際の教育コストは(大人数の講義形式が中心のため)1万2000ドルしかかかっておらず、税金からの補助は7000ドル。結局、より授業料が高く、富裕層が通うカリフォルニア州立大学の方に、ずっと多くの税金が投入されていることになる」
日本ではどうだろうか。東京大学に通う学生の世帯年収は、950万円以上が54.8%に上っており、1250万円以上が26.1%、1550万円以上だけでも13.6%いる(2014年東京大学・学生生活実態調査)というのは有名な話だ。
文科省の資料によると、2009年度の国立大学運営費交付金は1兆768億円。そのうち東京大学が878億円であるのに対して、例えば滋賀大学は30億円だ。滋賀大学の2010年度の学生生活実態調査によれば、同大学の学生の家計年収は1000万円未満87%、1500万円未満12%、1500万円以上1%で、東京大学のそれより低いことがわかる。
授業料は両大学共に53万5800円(現時点)と同額であることを考えると、世帯年収の高い学生が多い東京大学が政府から圧倒的に多額の援助を受けているともとれる。もちろん、補助金では研究費等も賄われているため全てが学生の教育コストとは言えないことに留意する必要はあるが。
カーノイ教授は、この状況において高等教育を一律無償化することは賢明な税金の使い方とは言えず、また経済格差と教育格差の連鎖を断ち切る効果は薄いのではないかと指摘する。