しかし飲食業界に、数多の経営者が苦悩する伝統の継承をサラリと行い、次なる挑戦を楽しんでいる2人の若き社長がいる。旭酒造の桜井一宏氏と、麵屋武蔵の矢都木二郎氏だ。“今までにないニュータイプの後継者モデル”となった2人の経営哲学を、5回の連載で読み解いていく。(第1回/第2回/第3回)
──外食産業トップのお二人の目に、今という時代はどう映りますか?
矢都木:僕は大チャンス到来だと思っています。今まで外食産業がブランド力を上げようと思ったら、多店舗展開で認知度を上げる他に方法がありませんでした。だから勢いのある飲食店は、100店舗、200店舗、300店舗と、日本全国にどんどん増えていったんです。
桜井:スケールメリットもあると思いますが、その反面、デメリットも生まれるんでしょうね。
矢都木:そう、増えれば増えるほど希少性が薄れてしまう。そういうデメリットに振り回されずに、目の前のお客様に喜んでいただくことを大事にしたかったんです。だからどうしても多店舗展開ができなくて、創業から20年経った今も14店舗なんです。
桜井:でも今、この時代は大チャンスなんですよね。
矢都木:そうです。情報化社会が進んだおかげで、日本中、さらには世界の人が麵屋武蔵を見てくれるようになったんです。つまり、多店舗展開しなくてもブランド価値や認知度を上げられる。だから、東京にしか店舗がなくても、北海道から沖縄まで全国の人が麵屋武蔵を知っている状態を目指しています。名付けて「門外不出作戦」!
桜井:おもしろい取り組みですね! 実は情報化社会って、日本酒にとってもメリットがあるんです。情報化と流通の進化のおかげで、アルコールの世界ではだんだん壁がなくなっていて、例えば日本の居酒屋には、ワインもビールもウイスキーもある。このスタイルが今世界中の飲食店に広がっていて、和食を扱うお店じゃなくても日本酒が飲める時代がすぐに来るだろうと私は感じています。
矢都木:旭酒造さんも、それに向けて何か作戦を練っているんですか?
桜井:作戦というほどではありませんが、獺祭が海外できちんと評価される、楽しんでもらえる環境を作ろうとしています。かっこよく言うと「価値観の翻訳」。海外はビールやワインを評価してきた価値観が染みついているので、そこにそのまま日本酒が入っても理解されない。だから、日本酒の背景となる日本文化の特性や、味わい方も含めて伝えていっています。
矢都木:日本と海外は気温も湿度も違いますもんね。飲食店に日本酒を置いてもらうなら、保存方法から丁寧に説明する必要がありそうですね。
桜井:そのためにも、海外の料理学校やビジネススクールで日本酒や旭酒造についてセミナーをさせていただいているんです。理解してもらうには時間がかかりますが、一口味わえばすぐに良さが伝わる。それは飲食業ならではのメリットだと思っています。
──日本全国、世界へと挑戦していくなかで、ライバル企業に勝つためにはどうすればよいでしょうか?
桜井:日本国内で同業他社をライバルとは思っていません。同業他社としのぎを削る事ではなくて、世界中のお客さんに「美味しい!」と思っていただくことこそが大事で、そのためには海外のアルコール市場を変えていかなければならない。どっちかというとそれに一緒に取り組み、色々な面で勉強させて頂く仲間と思っています。
矢都木:格好いい考え方ですね!
桜井:いや、単純に国内のメーカーが敵だと考える余裕がないだけです(笑)。
矢都木:僕は旭酒造さんをベンチマークさせていただいていますが、いい意味で他社は見ていないんです。競争というのは、他社を見ているから生まれてしまう。お客様を見ていれば、競争にはならないんです。
桜井:そうですね。海外に攻め込むときも同じです。ワインの国に進出するときは、ワインに似た酒を持っていかない。例えばフェラーリだって、日本に進出するときわざわざロゴをカタカナ表記にはしないでしょう。獺祭は獺祭ですから。その美味しさを伝えるだけです。