別所:1本目の『親子の時間』には画面にタイムコードが出ますよね。これはひそやかなトリックというか、著名な俳優が出演するわけでも動物や赤ちゃんが出るわけでもない作品において、視覚効果で引っ張っていくというのは重要なテクニックかなと。スマホやiPadで見る映像だから、心に刺さるものをテキスト化するというのが、いまのブランデッドムービーのトレンドです。
西田:でも、それだけ短い時間で関係性が簡潔にわかって感動させるというのは、物語のバリエーションがある程度限定されてしまうんじゃないでしょうか。今後、方法論がこなれくると、視聴者にとっては食傷気味になる懸念があるというか。
松尾:けっこう世の中って意地悪だから、親子の話だと気づいたらすぐ「どうせお涙頂戴でしょ!」と絶対思われる。
中尾:クライアントがどこかによって、表現の幅は違ってくるとは思うんですが。
松尾:確かに落語の人情噺も噺家によって、すっきりしてカッコいいものもあれば、くどくてガッカリするものもある。話す話はまったく同じなのにね。
別所:うなぎを黒い水着姿の女性に擬人化して描いたブランデッドムービーが「性差別」だと非難を浴びて、動画を削除しましたね。どこまでおもしろく過激でよいのか、タグラインというのは考えなくてはいけないと思います。
松尾:ズラし方ですよね。僕が大好きなのは、宮崎県小林市の移住促進PRムービー『ンダモシタン小林』。小林氏に住むフランスの男性がぼそぼそしゃべっているんだけど、実はフランス語ではなく、小林市の方言だったという。あれはもう一度見てしまうし、人にも教えたくなる。実際、観光客も増えたそうですね。
別所:僕がよく受け入れられたなと思ったのは、大分県内の温泉PR動画『シンフロ』。温泉でシンクロナイズドスイミングをやる奇抜な内容だったのに、大反響だった。あれはちょっと間違えば「けしからん!」になってしまうと思うんですが。
松尾:『シンフロ』の場合は、シンクロの技術がある程度高く、ギャグも成立していた。それが、苦情が来る・来ないの境目なのではないかと。真に受ける人もいないでしょうしね(笑)。
西田:心情的に「あんなことを温泉でやれたらいいな」と思わせるのもポイントかも(笑)。
別所:テレビであれば「お子さんは真似しないでください」と注意書きが入りそう。やはり、メッセージの伝え方を間違うと炎上することもあるというかと思います。
これは個人的な考えなのですが、いまは「ベターライフ」というか、よりよい人生の気づきというものを企業がメッセージとして伝える時代になってきたと思うんです。あとは「アナザーライフ」。誰かのひとときや人生まるごとを短い時間ながら描くことで、視聴者が自分事として受け止めて考える。そんなエンタテインメントの原点というようなものを、いまのブランデッドムービーに感じます。
別所哲也◎ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 代表。1990年、映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー。99年より、日本発の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル」を主宰し、文化庁長官表彰受賞。
中尾孝年◎電通クリエーティブディレクター。日本中で話題になり社会現象にもなったAKB48江口愛実や大人AKB48などを手がけたヒットメーカー。世界最高峰のカンヌを複数回受賞するなど国内外での受賞歴も豊富。
松尾貴史◎俳優、タレント、ナレーター、コラムニスト、“折り顔”作家など幅広い分野で活躍。カレー店「般°若」(ぱんにゃ)店主。街歩きエッセイ『東京くねくね』(東京新聞出版局)など著書多数。
西田二郎◎読売テレビ放送編成局編成企画部長。『11PM』『EXテレビ』を経て、93年放送開始の『ダウンタウンDX』を演出し、20年以上も続く長寿番組に育てる。15年1月、営業企画部開発部長。16年7月、現職。