2016年4月、雑誌「WIRED UK」は「中国をコピーすべき時代が来た」という特集を掲載した。表紙を飾ったのはスマートフォンメーカー、シャオミのレイ・ジュンCEO。インタビューで彼は「俺のことを中国版スティーブ・ジョブズと呼ぶな」と語り、背景には現代の中国を象徴するドローンが赤い大陸から飛来するイラストが描かれた。
人口13億人という圧倒的スケールの国内市場から始まった中国のイノベーションは、ドローンメーカーDJIを筆頭にシャオミやファーウェイといったブランドを世界に送り出している。
昨年11月の「独身の日」にアリババ運営のEコマースサイトは1日で1.7兆円の売り上げを生んだ。世界で8億人以上が使うWeChatを運営するテンセントの時価総額は26兆円に達した。ファーウェイは昨年1.6億台のスマホを出荷し、売り上げは約9兆円。アップルやサムスンに迫る勢いだ。
中国のイノベーションの核となる都市が、南部にある広東省の深センだ。1990年代から電子機器の生産拠点として栄えたこの街には、テンセントやDJI、ファーウェイが本社を構え、ここ数年で「中国のシリコンバレー」と呼ばれるようになった。
その深センから続々と新たなスタートアップ企業を送り出しているハードウェアアクセラレータがHAXだ。深センには電子部品の巨大マーケットの華強北路(ファーチャンペー)があり、秋葉原の30倍とも言われる面積に電子部品を扱う業者がひしめき合う。HAXはその華強北路の広さ約1400平方メートルのオフィスから、これまで130社以上のスタートアップ企業を送り出してきた。
HAXが生んだ有名企業には今年3月に3000万ドル(約33億円)の資金調達を行い、ソフトバンクと組んで日本進出を果たした教育ロボットメーカーの「メイクブロック」があげられる。また、アンドリーセン・ホロウィッツから200万ドルを調達した宅配ロボットの「Dispatch」や、スマートヘッドフォンの「Nura」、スマートグラスの「Vue」等、キックスターターだけで100万ドル以上の資金調達を果たす企業を続々と輩出している。
1000社の応募の中から毎年30社を選抜
HAXでマネジメントディレクターを務めるベンジャミン・ジョフは、2000年代初頭を日本や韓国のモバイル業界で過ごした後、中国にやってきた。「スマートフォンの登場以前から深センは電子機器の製造分野で完璧なエコシステムを構築していた。そこに欠けていたのは、西側にアピール可能なデザインやマーケティングのノウハウだった。シリコンバレーや欧州のエキスパートの知見を投入し、ハードウェアの創出を加速させていく」
HAXで指導にあたるベンジャミン・ジョフ(右)はフランス出身。ダンカン・ターナー(左)はイギリス出身。2人とも日本での滞在経験があり、ジョフは日本語も話す。
HAXの育成プログラムは年に2回開催され、年間1000社に及ぶ応募の中から毎回15社を選抜し、9%の株式と引き換えに10万ドルのシード資金を出資。111日間の育成プログラムで製品のプロトタイプ製作に必要なノウハウや、中国の工場との交渉の仕方、IP(知的財産権)保護のための防衛策といった知識を伝授する。
「ソフトウェア分野の起業がロックバンドだとすると、ハードウェアはオーケストラだ。アイデアの立案から製造、マーケティング、デザインやプロモーションまで関わる人員のスケールは全く違う。HAXではさまざまな分野のメンターが専門知識を与え、参加者同士がアイデアを交換しつつ製品を磨き上げる」