世界最速のスタートアップ育成所、中国深セン「HAX」の起業家たち

卓球の練習ロボット「トレイナーボット(Trainerbot)」を生んだ台湾人兄弟のアレックス(左)とハリソン(右)


毎年1月にアメリカで開催される家電見本市「CES」にHAXは今年82社のスタートアップを送り込んだ。最近、最も力を注ぐのが「ヘルステック」の領域だ。

「ヘルスケアの未来は病気の治療だけでなく、科学的なウェルネス産業のエコシステムの創出だ。Fitbitのように単発の製品では、コモディティ化の流れに埋没する。シャオミもこの分野に進出したが先行きは不透明だ」
 
今年のHAXにはフランスから来た“スマート枕”製造チーム「MOONA」が参加している。睡眠中の脳波に合わせ頭部の温度を変化させ、快適な睡眠をもたらす。一見ニッチな市場にも思えるが、すでに医療関係者らが関心を示しており、病院や老人介護施設などへの大規模な導入も見込める。
 
HAXでは起業家らが自身の体験を語るカンファレンスが定期的に開催され、外部からも見学者が訪れる。3月16日のイベントで大きな注目を浴びたのが、 卓球の練習ロボット「トレイナーボット(Trainerbot)」を手がける台湾人兄弟のアレックス(27)とハリソン(22)だ。

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キックスターターで大反響を呼んだトレイナーボット。

二人の父親は機械メーカーの経営者で、子供の頃からさまざまなガジェット製作に取り組んだ。10代後半に北米に留学した2人はアメリカとカナダの学校で学び、離れて暮らすうちに「一緒に卓球の腕を磨けるロボットを生み出したい」という情熱に取り憑かれた。HAXを訪れた起業家たちを前に、アレックスは深センの魅力をこう語った。

世界最速でプロトタイプが製造できる都市


「深センに居れば世界最速で製品のプロトタイプが製造できる。華強北路のパーツ屋を見て回れば、そこら中に使える部品が転がっている。小さなスイッチ1つでも、現物を手に取って感触を確かめられるのは大きな違いだ。アメリカでは3カ月かかる工程が1週間でできる。朝に注文したPCB(電子基板)が夕方には納品されることもある」

彼らは昨年、キックスターターにトレイナーボットの基本モデルを約330ドルで出品し、合計32万ドルの資金を調達した。専用アプリでボールの射出角度や難易度が選択可能で、データは仲間とシェアすることもできる。

「先にやった者の勝ちだ、というのが中国人の発想だ。アイデアを盗まれないためには、製品の複雑度を上げるしかない。独自のアルゴリズムやソフトを組み込んでコピーを防ぐのが最大の防御だ」

今年夏、注文を受けた800台の発送を開始する。

「ユーザーの反応を見て増産台数を決める。将来的には、ユーチューブの動画から有名卓球選手の技をエミュレートして取り込む機能も考えている。今後は、さまざまなスポーツのトレーニングをオンラインで学べるプラットフォームにしたい」
 
当日、会場に集まった聴衆は約100名。どう見ても子供にしか見えない少年を見つけ、声をかけると、父親同伴でアメリカのシカゴから来た12歳だった。「自動運転関連のプロジェクトを進めている」と聞いて、あらためてこの街が呼び寄せる起業家の層の幅広さを実感した。
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文=上田裕資 写真=ビタリー・ヴィジョフスキー

この記事は 「Forbes JAPAN No.35 2017年6月号(2017/04/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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