世界最速のスタートアップ育成所、中国深セン「HAX」の起業家たち

卓球の練習ロボット「トレイナーボット(Trainerbot)」を生んだ台湾人兄弟のアレックス(左)とハリソン(右)


クレイジーな奴らが世界を変える


翌日、HAXの生みの親である投資家のショーン・オサリバンに話を聞いた。アメリカのベンチャー投資会社「SOSV」創業者の彼は1964年生まれ。総額3億ドルの資金を運用し、年間150社のスタートアップに出資を行う。SOSVの傘下にはHAXのほか食品部門の「フードX」やバイオ部門の「インディー・バイオベンチャー」もある。

「70年代のアメリカで育った自分にとって、当時の日本も西洋のコピー製品を売る国に見えた。それが15年ほどで日本企業は急速に力をつけ、80年代の末頃からアメリカを脅かす存在になった。現代の中国も、同じスピードでイノベーションのリーダーになろうとしている」
 
ニューヨーク郊外の貧しい家庭に生まれたオサリバンは、20代後半でデジタル地図企業「Mapinfo」をIPOさせて大金持ちになった。ロックバンドでデビューし、ヘリコプターの事故で死にそうになり、イラク戦争にはドキュメンタリー映画製作で乗り込み、皮膚がんを克服し、合計3回死にかけた後に2010年にHAXの前身「中国加速」を始動した。

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HAX創設者のショーン・オサリバン。ネットフリックスやギターヒーローの初期投資家としても知られている。

「本当に世界を変えるのはクレイジーな人間だ」というのがオサリバンの信条だ。「クレイジーな奴が1人で居たらただの変な奴だけれど、3人集まれば会社にできる」

若くして億万長者になったオサリバンは最初、ウォール街のバンカーたちに金を預けた。

「ある日、奴らが稼いだ金を高級車や腕時計に使っていることに気づいた。俺はもっと意味のあることに金を使うべきだと思って投資事業を始めた」

彼の投資スタイルをHAXのジョフは「直観に基づいた投資だ」と説明する。「アーリーステージの投資では、売り上げや具体的数値を評価できる訳ではない。創業者やチームの本当の価値、起業を志す動機の根本に何があるのかを見る」

オサリバンの世界を変えたい思いには、自身の息子が障害を持って生まれてきたことも関係がある。

「自閉症で生まれた9歳の息子は、11歳の娘と会話をすることができない。同じ困難を抱えた人々は世界中にたくさんいる。ハードウェアやバイオテクノロジーには、人類の暮らしを根本から変える可能性が眠っている。大手企業が数十億ドルを研究開発に注いでも、革新的なプロダクトを生み出せるケースは稀だ。型にはまった大企業の枠を飛び出して、不可能だと思われていることにチャレンジする、クレイジーな奴らこそが必要なんだ」
 
オサリバンはそこで言葉を区切ると、こう続けた。

「でも、優秀なエンジニアがたくさんいる日本から、チャレンジしに来る奴がなぜこんなに少ないんだ?」
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文=上田裕資 写真=ビタリー・ヴィジョフスキー

この記事は 「Forbes JAPAN No.35 2017年6月号(2017/04/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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