ビジネス

2017.06.19 17:31

経営改革の根幹は「メガトレンドの腹落ち」にある


日置:長期的戦略を結果にまでつなげるのはとても難しいことですが、なぜシーメンスではそれができているのでしょうか。

島田:日本企業と比較して、マネージングボードメンバーが先読みをする役割に集中できる体制があり、権限が大きいことが特徴かもしれません。例えば、シーメンスでは、CFO(最高財務責任者)の下に、数多くのFO(財務責任者)が配置されています。それぞれの事業での収益をはじめとした数字が正確に把握されているため、組織的な高い利益率の実現につながっています。フルトランスペアレント(透明性の高い仕組み)なので、社内の細部にまでパフォーマンスを確認できるため、取締役会はもちろん、株主に対しても、ファイナンスの数字でしっかりとした説明が可能になります。そのため、企業業績の向上につながっていく。これが本当の意味でのコーポレート・ガバナンス(企業統治)だと思いますね。

入山:シーメンスの社内では大事な大組織の舵取りを行う経営人材をどうやって育成しているのでしょうか。経営を任せられる人材の不足は、多くの日本企業が直面している問題でもあります。

島田:「教育を施す」でなく「経験を積ませる」が、シーメンスの人材育成の発想です。本社勤務経験、セールス経験、開発経験など、昇進するためには数多くの条件が課せられます。そのため、3年ほどの短い間隔で配置転換が行われ、例えば、パートナーマネジメントを担当した人材が、グローバルでのセールスを経て、リージョン(地域)で開発トップを任される、といったキャリアも珍しくありません。「意思決定や広範囲を見る業務は、経験がないとできない」という前提で組織設計がなされています。昇進する見込みのある優秀な人材に、意思決定ができるような権限委譲をする。その上で様々な経験をさせ、成功した人材のみを昇進させる仕組みになっています。

また、こうした配置換えが頻繁にできるのは、組織形態が複数の異なる組織構造を縦横の関係にかけあわせるマトリックス組織だからです。組織自体がモジュラー化されていて、なおかつ組織の細部のパフォーマンスが数字で把握できているために、組織間での人材の入れ替えが容易になっています。

日置:このようにグローバルに多様性のあるマネジメントを回していくためには、「阿吽の呼吸」ならぬ「阿吽を生み出す仕組み」が必要です。先の数字についてもそうですが、シーメンスには、経営人材育成への明確な思想と、明文化された仕組みが整備されている点が多くの日本企業との大きな違いでしょう。

島田:ただ、社員に権限委譲する前提には、オーナーシップ(経営者としての意識)カルチャーが社内に浸透していることが欠かせません。シーメンスには、社員に自分が長期的にどう成長したいかというロードマップを書かせる制度があります。会社が戦略を持つ前に、社員個人が戦略を持つべきである。それがシーメンスのオーナーシップカルチャーの根底にある発想です。

日置:マネージングボードメンバーにはメガトレンドに基づいた長期的戦略があり、現場には委譲された意思決定の権限とオーナーシップがある。これこそが、シーメンスが2000年代以降、真に強い企業へと生まれ変わることができた源泉と言えるのではないでしょうか。

「欧州企業では、長期ビジョン策定のための『メガトレンド分析』がもはや常識。シーメンスは外部専門家を呼び、マネージングボードメンバーが腹落ちするまで徹底的に練り上げるというプロセスを取っています。日本企業の多くはこれがありません。もちろん日本電産の永守重信会長やソフトバンクグループの孫正義社長のようにその視点を持っている方もいますが、彼ら個人が脳内で行ってしまっています。経営全体で行う仕組みがないのです」(入山)

「組織として“阿吽の仕組み”があるかどうか。メガトレンドの落とし込みをはじめ、全社的な仕組みは、後天的でもできるというのが、シーメンスで感じたところ。加えて、オーナーシップカルチャーがあることで戦略的方向性が示された時に全従業員が動けることも大きい。かつては、事業構造など日本企業と似た組織体と思っていたが、経営の実行面での違いが印象的だった」(日置)


島田太郎◎シーメンス専務執行役員 デジタルファクトリー/プロセス&ドライブ事業本部長。2010年からシーメンスPLMソフトウェア日本法人社長兼米国本社副社長に就任。14年からドイツ・シーメンスのセールス開発部門、15年より現職。

入山章栄◎早稲田大学大学院経営管理研究科准教授。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』など。

日置圭介◎デロイト トーマツ コンサルティング執行役員パートナー。早稲田大学大学院会計研究科非常勤講師。

文=山本隆太郎 写真=マーティン・ホルトカンプ

この記事は 「Forbes JAPAN No.35 2017年6月号(2017/04/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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