ドゥテルテ政権は、こうした期待にこたえるべく、次々に新たな政策を実施している。「犯罪者は殺す」という過激な言動と「麻薬戦争」、米国を敵視する「自主独立外交」ばかりが海外では取り上げられる傾向があるが、実際には経済政策においても強い指導力を発揮している。
まず、「インフラ整備の黄金時代」を目指し、インフラ支出(GDP比)を10~16年の平均2.9%から22年までに7%に引き上げる方針を示した。17年度のインフラ予算は5.4%に上っている。
ドゥテルテ政権、迅速な有言実行
4月には「ドゥテルテノミクス」と題する経済政策を発表。22年までに上位中所得国になることを目指し、インフラ整備に総額18兆7000億円を投じるとしている。具体的な大型案件は「ビルド・ビルド・ビルド」と題する計画で発表され、そのうちフィリピン初となるマニラ首都圏の地下鉄事業については日本政府から支援を受ける予定であり、11月に交換公文の署名が行われる方向で調整されている。
5月末には、所得税の減税、石油製品の物品税引き上げなどを含む税制改革の法案が下院を通過した。改革によって税収増を実現し、インフラ支出の税源を確保するねらいがある。
汚職対策、行政の効率化、外資規制の緩和に対しても、就任時から積極的に取り組んでおり、現地の企業や人々から聞くと、わずかな期間で目に見える成果が表れているという。その迅速な有言実行に対するビジネス界の評価は極めて高い。
フィリピンは新時代を迎えるか
近年、フィリピン経済は6%を超える成長を続けており、16年は6.9%と中国を超え、ASEANの中でもカンボジア、ラオスと並ぶ最高水準の成長率を達成した。名目GDPも3000億ドルに達し、マレーシアを抜いて、インドネシアとタイに次ぐASEAN第3位の規模に成長した。個人消費の力強さに加え、建設投資や設備投資も拡大。外国直接投資も拡大を続けており、16年の流入額は前年から41%増の79億ドルに上る。
かつて、フィリピンは、他のASEAN諸国が「東アジアの奇跡」ともいわれる高度経済成長を実現する中で、ただ一人取り残され、長年にわたる停滞から「アジアの病人」ともいわれた。その背景には、財政赤字や高インフレといったマクロ経済の脆弱性、インフラ不足、既得権益層の強さといった事情があった。そうした状況を生み出した最大の原因は、汚職や腐敗の横行、適切な経済政策を実行する統治機構の欠如といった、政府のガバナンスの弱さである。
しかし、21世紀に入り、アロヨ政権下でマクロ経済の安定化策がとられ、アキノ政権下で政治と治安の長期的な安定が実現したことで、ついに飛躍の基盤が整うに至った。前政権の遺産を受け継いだドゥテルテ政権は、国民と議会から圧倒的な支持を得て、「フィリピン史上最強」ともいわれるリーダーシップをふるい、更なる発展に向けた政策を打ち出している。
その強権的な統治手法ゆえにドゥテルテ政権にはいくつもの不安がある。「麻薬戦争」による死者は8000人に上る。米国に対する激しい批判はフィリピン国民や議員、軍を不安にさせている。中国への過度な接近は南シナ海やスカボロー礁の領有権問題を棚上げにするのではないかという批判がある。
しかし、ドゥテルテ大統領は、今年に入り、麻薬戦争の「一時中断」を宣言し、今後はできるだけ「血の流れない」対策を行うとして方針転換をはかっている。
また、米国との関係では、トランプ政権が発足すると、発言のトーンを和らげ、電話会談を行って信頼関係を築くなど、オバマ前政権のときとは明らかに異なる姿勢をみせた。中国に対しては、その融和的な姿勢に変わりはないが、領有権に関しては譲らないという強気の発言もみられるようになっている。
当面において気になるのは今回布告された戒厳令の行方である。その期間を延長し、対象地域をフィリピン全土に拡大することになれば、フィリピン国民のドゥテルテ大統領に対する絶大な信頼にも揺らぎが生じるおそれがある。
ドゥテルテ大統領がこうした課題に適切に対応し、経済改革の路線を着実に実施できれば、フィリピンがかつてない発展を遂げる可能性は十分にある。現地の企業や人々の声を聴くとすでに高揚感がみなぎっているように感じる。フィリピンは新時代を迎えることができるか。政権が2年目に入る中、「フィリピン史上最強の大統領」の手腕にさらなる期待がかかる。