アジアのトランプ、ドゥテルテ訪日中止の舞台裏

ドゥテルテ大統領(Photo by Suhaimi Abdullah / gettyimages)


大統領就任前、ミンダナオ島の最大都市であるダバオ市において、市長、副市長、下院議員などを務め、約30年の長きにわたり同市のリーダーとして君臨したドゥテルテ氏は、イスラム教徒への理解が深く、長男パオロ・ドゥテルテ氏(現ダバオ副市長)はイスラム教徒の女性と結婚している。代表的なイスラム系武装勢力であるモロ民族解放戦線(MNLF)とモロ・イスラム解放戦線(MILF)のトップとは個人的な親交がある。

それだけに、自分であれば、歴代政権が解決できなかったイスラム教徒との和解を実現できるという、強い自負と自信があるのだろう。

一方で、ドゥテルテ大統領は、アブ・サヤフ、バンサモロ・イスラム自由戦士(BIFF)、マウテといった武装勢力に対しては徹底的に弾圧する構えを見せている。これらは、1990年代ないし2000年代から活動を開始し、アルカイダなど国際テロリズムとの関係が深い新興のグループであり、70年代ないし80年代から分離独立を目指してきたMNLFとMILFとは性質が異なる。これらのグループはいずれも、近年、「イスラム国」への忠誠を誓っている。

今回、マラウイ市で交戦に入った武装勢力はマウテとアブ・サヤフである。しかも、戦闘員の中には、イエメン、サウジアラビア、チェチェンなどの外国人が含まれているという。

ドゥテルテ大統領は、「敵はマウテではなく『イスラム国』だ」と断言した。独立のために戦うイスラム教徒などではなく、外国からやってきたテロリストであると主張するものであり、その活動はフィリピンのみならず東南アジア全体にとって脅威になることを示唆したといえる。

MNLFとMILFとの和平交渉は難航しており、ドゥテルテ大統領も「楽観的にはなれない」と述べている。

交渉が難しい理由の一つには武装勢力同士の関係が複雑なことがある。アキノ前政権ではMILFとの和平交渉を進めており、MNLFはその和平プロセスに加わることには消極的であった。また、フィリピン政府とたびたび軍事衝突しているアブ・サヤフとBIFFはMNLFとMILFとつながっているという疑惑もある。他方、今回のマウテ掃討戦においては、MNLFとMILFはフィリピン政府に協力する姿勢をみせている。

国民の期待にこたえた政権の1年

ドゥテルテ政権は、6月30日に発足1周年を迎える。

就任時点で9割を超える圧倒的な国民の支持を得ていたドゥテルテ大統領は、その高い期待にこたえたといえるのだろうか。

結論から言えば、答えは「イエス」だろう。

ドゥテルテ大統領に対する国民の支持率はいまだ7割を超えている。就任時点と比べれば下がってはいるが、歴代政権と比較すればその人気はなお圧倒的であり、1年が経とうとする時期にこれだけの水準を保っていることは驚異的である。

海外では、超法規的殺人、死刑の導入、戒厳令といった強権的な政策、米国を敵視する過激な言動ばかりが取り上げられ、「アジアのトランプ」とも揶揄されるドゥテルテ大統領だが、米国のトランプ大統領とは決定的に異なる点がある。それは、支持基盤の広さである。

ドゥテルテ大統領は、国民からは、エリートから貧困層、マニラ首都圏から地方、マイノリティーに至るまで、幅広い層において支持を得ている。マニラのエリート層から支持されたベニグノ・アキノ前大統領とも貧困層から支持されたジョセフ・エストラーダ元大統領とも異なり、階層を超えて国民の連帯を実現させた稀有なリーダーといえる。単純に「ポピュリスト」と片付けると本質を見誤ることになる。

これだけの支持を得るのは、不正を絶対に許さない正義感、清貧さ、弱者に対する優しさ、ユーモアといったキャラクターに加え、過激な言動の背後にある知性、豪腕ともいわれる政治力、ダバオ市の治安と経済を劇的に改善させた実績から、フィリピンの構造的な問題を強権で解決できる唯一無二のリーダーと期待されているからである。
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文=石井順也

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