事業承継のキモが「教育」である理由

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事業承継がいま、深刻な状況になっている。企業オーナーが引退を考える年齢に差しかかりながら、肝心の子どもは会社の経営を引き継ぐ気がなく、事業承継が進まないまま廃業に追い込まれる企業も少なくない。なぜ、事業承継がうまく進まないのか。それに対する解決の糸口は何なのか。大手銀行で支店長を経験し、100社以上の事業承継案件に直接関わった、日本ファミリービジネスアドバイザー協会のフェロー、袖川章治氏に話を伺った。


徳川家康に学ぶ事業承継

私はこれまで100社以上の事業承継案件に関わってきました。その際、企業オーナーの方に申し上げるのが、徳川家康の話です。

織田信長が目指して志半ばで斃れ、豊臣秀吉が実現したものの短命に終わった天下統一を、徳川家康を始祖とする徳川幕府は、250年という長きにわたって維持しました。

なぜ、徳川幕府だけが長期政権を維持できたのでしょうか。それは徳川家康が、幕府という事業の承継に成功したからです。

織田信長は強烈に部下を抑え付けてしまったことで、明智光秀という部下の裏切りに遭いました。豊臣秀吉は、後継者である秀頼を授かったものの、そのときの年齢は57歳。秀吉が亡くなったのが62歳のときなので、まさに晩年で授かった子でした。しかし、この時点で事業承継には失敗したといってもよいでしょう。何もかもが遅すぎたのです。後継者である秀頼がある程度の経験を積む前に、秀吉はこの世を去りました。

その点、徳川家康は、自分自身が元気なうちに家督を秀忠に譲り、自分は長生きを心がけ、隠居してからは秀忠のサポート役に徹しました。

つまり、自分の体力があるうちに後継者を見定め、これに権限を委譲し、かつ自分が元気なうちは、後継者がうまく事業を行っているかどうかに目を光らせ、必要に応じてサポートするという体制を敷く。これこそが、事業承継に成功するコツともいえるでしょう。

とはいえ、実際の現場では、ことはそう簡単に進められないのも事実です。

企業オーナーとしては、早いうちから子どもに事業を譲り、自分は大所高所からサポートをするのがよいと考えていても、それを行うためには、子どもが継ぎたいと思えるような会社にしておく必要があります。業績が堅調で、財務内容も盤石。かつ社員からとりあえずは歓迎されるという条件が揃わないと、子どももなかなか事業を引き継ぐことに対して、首を縦に振ってくれません。だから、多くの企業オーナーは、自分の経営している会社がその状況になるまで、頑張ろうとします。

でも、それでは遅いのです。徳川家康方式ではありませんが、企業オーナーは自分の体力があるうちに、事業を子どもに譲り、任せることが大事です。

オーナー企業は属人的なところで経営が回っているケースが大半を占めます。企業オーナー自身の商才、情熱、知恵などが、会社を動かす原動力になっているだけに、後継者には早めに実績をつくらせる必要があります。そのためには、オーナーが一歩引き、後継者の裁量で物事を進めさせ、必要に応じてサポートしながら、社員や顧客、その他のステークホルダーに対して、後継者が誰であるかを認知させるのです。

後継者難の本当の理由とは

事業承継に絡んだ問題は、後継者にバトンを渡すタイミングだけではありません。極めて現実的な問題ですが、引き継げるだけの資金的な余裕が後継者にあるのかも、きちんと考慮する必要があります。

未上場の中小企業とはいえ、経営が優良であれば株式の評価額はかなりのものになります。ましてや、企業オーナーが子どもに会社の経営を引き継いでもらいたいあまり、業績を伸ばし、財務体質をピカピカの状態にすればするほど、株式の評価額は上がっていきます。

もちろん、後継者に資金的な余裕があればよいのですが、それまで一般企業に勤めていた後継者が、多額の相続税など払えるはずもありません。

そこで、相続税を少しでも圧縮するために株式の評価額を下げるための方法を考えるわけですが、最近はこの手の節税方法について、税当局の規制が厳しくなっています。本来、相続税を圧縮するためには、減価償却の効く資産を多くもつのが有効ですが、これまでのように相続対策で様々なスキームを駆使しても、そう簡単に利益を圧縮できなくなりました。また、海外の長持ちする建物に、日本の短い耐用年数を適用して短期間で減価償却を計上し節税を図るという手法に対しても、規制をしようとする動きが出てきています。
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文=鈴木雅光、編集=志村 江、写真=桑原克典

この記事は 「Forbes JAPAN No.34 2017年5月号(2017/03/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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