インターネットで世の中が便利になったと考えるなら、それは驕りだ―。 日本語変換の技術を飛躍的に高めた「一太郎」の生みの親が語る、幸福な提案とは何か。若きベンチャーたちに贈るメッセージ。
かな漢字変換の“功労者”といえば、今年誕生から30年目を迎える日本語ワープロソフト「一太郎」だろう。開発者の浮川和宣・初子夫妻は、徳島で創業したジャストシステムの名を一躍世に広めた。多くの人がそろそろリタイアという60歳になった2009年、和宣は初子とともに同社を辞し、MetaMoJi(メタモジ)を設立。今度は「手書き」での日本語変換を格段に進化させた。今なお夫婦を挑戦に向かわせるのは、ある執念だった。
和宣 彼女(妻の初子)がよく言うのですが、コンピューターはまだまだ使い勝手が悪い。(中略)コンピューターを人間にとって、もっと身近なものにできないか。誰にでも使えるものにできないか。いつも、そのことを考えています。マスコミの人たちは、「浮川さん、今さら手書きの入力ですか」と驚きます。でも、ご存じですか? 今、日本でコンピューターを何割くらいの人が使っていると思います? 3割ですよ。たったの3割。(中略)もっと多くの人がコンピューターを使えなくてはいけない。それを妨げているのが、キーボードです。日本人にとって最大の壁は、日本語の入力なんです。
MetaMoJiが11年に発売したmazecは、タブレット型端末などにインストールすると、キーボードを使わず、画面上に指などで直接文字を書いて日本語を入 力できる。ひらがなや漢字を交ぜて入力しても正しく漢字に変換し、手書き文字のクセも学習するといった高い機能も備えている。(中略)
初子 私たちは会社を離れる10年ぐらい前から、セグメント戦略をずいぶんやりました。絶対に強い市場を3つぐらいつくってきたんです。マイクロソフトとの戦いで、経営上は赤字にしながらも会社を維持できたのは、そのためです。一太郎はいまも健在ですが、世界中を見ても、マイクロソフトと真っ向から戦って生き残ったソフトや会社はほかにありません。(中略)
iPadの登場で、夫婦は「もう一回、原点に返る」ことを決意する。日本語へのこだわりだ。その先に見るのは、「自由な社会」である。
和宣 (中略)私の哲学の根幹にあるのは、人間ひとり一人の自由です。もっと人間は自由になったらいい。自由とは何かというと、人が決めたレールの上に生きるのではなく、「私がこれを選んだんだ」と後悔せずに生きられる選択肢がたくさんあることだと思っています。選択肢とは何かといえば、基本的に情報です。
いま、日本人は情報にうずもれていると言われますが、そんなのは嘘じゃないかと思います。情報は足りていないし、知らされていないのです。インターネットでいろんな情報が入るようになりましたが、もっと多くの人がコンピューターを簡単に使えて、もっと多くの情報を得られるようになってほしい。
私たちがこうあってほしいと思う理想を、世の中に提案できる立場にいるということは面白い人生だと思います。理想と思う社会の実現に、これからも関わっていきたいと思っているのです。