自治体自ら「観光」商品を作り出し、海外に売り込む。しかも、知事や市長らトップが先頭に立つ。それも、単にインバウンドの呼び込みだけではなく、相手に観光客を送り出す側にも周り、ウインウインの関係を築く──。
国境を超えた新しいスタイルのサイクルツーリズムのモデルケースがいま、四国と台湾との間で生まれつつある。
「環島」から「環四国」へ
今年3月、台湾の「松山駅」に、愛媛県の中村時広知事が現れた。中村知事は、台北の松山空港と、地元松山空港の直行便を飛ばす「夢」を掲げており、まずは自転車で「松山」をつなごうと松山駅が出発の地に選ばれた。
台湾の台北「松山駅」を出発する(右から)一青妙さん、羅祥安ジャイアント元CEO、中村時広・愛媛県知事(筆者撮影)
中村知事は、元衆議院議員で、父親も愛媛県知事を務めたサラブレッド。自転車よる愛媛と台湾の交流を推進しており、いま仕掛けているのは「四国一周」と「台湾一周」を結びつけることだ。台湾では、自転車で台湾を一周することを「環島(ホワン・ダオ)」と呼ぶ。その距離はおよそ1000キロ。7日から10日ほどかけて回るコースになる。一方、四国の一周もちょうど1000キロ。そうした「奇遇」もこの構想を後押しした。
四国一周のコース発表を控えて、そのプレイベントとして台湾一周の一部となる台北から台中までの200キロを走るため、台湾に乗り込んだ中村知事は、あいさつで、力を込めて語った。
「自転車を通じた私たちの交流が始まっています。(台湾の自転車メーカー・ジャイアント会長の)劉金標さんとの出会いで運命が大きく変わりました。自転車は人々に健康と生きがいと友情をプレゼントしてくれる。劉さんのその考えを日本で広めようと決意しました。私自身もかつて台北から宜蘭まで120キロを走ったこともあります。強烈な上り坂があって本当に苦しかった記憶がありましたが、走り抜きました。今回も全力を尽くします」
マラソン愛好家だという中村知事は、自らの体をもって、自転車の魅力をアピールする「セールスマン」になっている。
サイクリングになぜこれほど愛媛県は入れ込むのか。その点については、台湾におけるサイクルツーリズムの発展から語らなくてはならない。
自転車で島を一周する「環島」が台湾でブームになったのはそれほど昔の話ではなく、ほんの10年ほど前からだ。
台湾の自転車メーカー・ジャイアントの劉金標会長が73歳の高齢にもかかわらず自転車で台湾一周を成功させ、大きなニュースになった。劉会長はその後、自ら「自転車新文化の伝道師」を自認しながら、「健康」「環境」「レジャー」を兼ね備えたサイクリングの普及に全力を挙げた。
台湾一周が台湾人にとって人生で一度はチャレンジしたい国民的な目標になり、台湾政府も台湾を周回できる自転車ルート「環島一号線」を整備に着手。いまでは海外から環島のために訪れる人も多く、毎日数百組が台湾一周にチャレンジしている。
一方、愛媛県では2012年ごろから、瀬戸内海を一望できる「しまなみ海道」というおよそ70キロの自転車道の売り込みを本格化させた。まず日本より海外のツーリストから高く評価され、日本にその評判が跳ね返る形で、あっという間にサイクリストの聖地に成長している。
気を良くした愛媛県は、いま、四国全体をサイクリングアイランド化する構想を打ち上げ、モデルとなる一周コース「環四国」のコースをこの3月に発表した。コースの選定は、ジャイアント所属で愛媛県在住のプロサイクリスト、門田基志さんが行い、PR大使には、台湾一周の経験のある女優でエッセイスト、一青妙さんが起用され、このほど新コースを試走した。