「漁師たちは最初、私たちの話には耳も貸さなかったんですよ。ですが、他の漁業者の成功を耳にすると、次第に信用するようになりました」
フレッド・クラップはこう笑いながら振り返る。
米国のNPO法人「Environmental Defense Fund」(EDF=環境保護基金)の代表で、90年〜00年代にかけて、当時の米国大統領たちと交渉し、温室効果ガスの「排出取引」を導入した立役者だ。京都議定書の策定にも携わった。
その環境ビジネスの第一人者が今、注目しているのが漁業資源だ。
実はEDFはすでに、メキシコ湾におけるフエダイの資源回復で成功している。
「90年代、メキシコ湾のフエダイはそれまでの歴史的な水準に対し、4%にまで資源量が激減していました。危機感を持った地元の漁業関係者たちは、漁期や漁獲量にリミットを設けましたが、これが逆に、漁師たちの競争を激化させてしまい、その後も資源量は減少を続けました。
そこで私たちが地元政府に働きかけ、漁師たちに提案したのが、漁獲割当制度です。いわば“漁業の権利を守る”システムです。科学者たちが、この地域で持続的に漁獲可能な量をデータに基づいて割り出し、漁獲権を株式のような形で分配する。この割当内であればいつでも好きな時に漁ができるうえ、もし枠の上限まで漁獲量が達しなければ、ほかの漁師や新規参入者に権利を貸したり売ったりすることもできます」
この制度を導入後、メキシコ湾のフエダイは、07年から現在までの9年間に資源量が約3倍、漁師たちの収入も約2倍に急増し、今も回復を続けているという。
だが、「少しでも先に、たくさん獲りたい」という心理の漁師たちを説得するのは容易ではなかったのでは?
「”説得”という言葉は間違っていますよ。キーとなるのは、魚という“資産”を持つことになるのだと理解してもらうことです。制度に参加することで、経営者のような感覚で、漁獲量という資産価値をいかに高めるかを漁業者自身が考える。地元政府と共同で、科学的な実証に基づいたプログラムを運営することによって、強靭な水産業が生まれます。
米国の漁師たちはそれまで、過剰な漁による魚価の下落や、高齢化、後継者難で深刻な事業継続の危機に瀕していました。利益が出ないため長時間働かなければならず、早朝、自分たちの子どもが起きる前に出かけて行き、夜、子どもたちが寝た後に帰ってくる。この間にも資源量と収入はどんどん減り続けるという悪循環の中で、彼らは疲弊しきっていました。
その彼らに、制度のステークホルダーとなってもらうことでより大きな収入を得ることができ、かつ、漁業が自分の子供たちにとっても将来、魅力的な仕事になるということをわかってもらうのです」(フレッド)