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2016.08.25

医師から起業家へ、バイオベンチャー「ヘリオス」鍵本忠尚のこれまでとこれから

株式会社ヘリオス 鍵本忠尚 (photographs by Irwin Wong)

「これからは医師が起業する時代だ」と投資家たちは言うが、実際に日本で医師の知恵を使ってイノベーションを起こそうとしている最新例を紹介する。

2011年12月1日、オランダはハーグの特許庁に、まだ青年の面差しを残す一人の男が裁判のため出頭した。ヨーロッパで開発し、売り出した製品が、特許を侵害していると欧州の企業に訴えられたからだ。

男は“特許潰し”という大攻撃を受けていたのである。特許を守り切ることができなければ、事業価値はゼロになる。男は“勝負の一日”に人生を賭けた。

その男とは、現在、バイオベンチャー企業ヘリオスの代表取締役を務める鍵本忠尚だ。鍵本は、2014年、理化学研究所の高橋政代が行ったiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞(RPE細胞)を加齢黄斑変性の眼病患者に移植するという世界初の手術の実用化を担う起業家であるが、同時に、医師という顔も併せ持つ。医師から起業家へ鍵本を転身させたものは何だったのか?

鍵本は、その答えを教えるように、自身の名刺に描かれているオレンジ色の3つの三日月を指でなぞった。「この3つの三日月を見る度、僕は初心に帰るんです。初心を忘れなかったから、起業して直面した多くの修羅場も乗り越えることができました」

3つの三日月。それは、鍵本が、臨床医を務めていた頃出会った3人の患者を表したものだ。

1人目は、大学入学時に受けた健康診断で末期がんが見つかった余命3カ月の患者さんである。病状をきいても、一言もしゃべらない患者さんを前に、鍵本は“時間の不平等さ”を痛感する。

「人生のスタート地点に立ったばかりなのに余命わずかであることが、どんなに無念だったことか。一方、僕は健康で残された時間もある。そんな不条理を思った時、時間は、意味のある使い方をしなければならないと考えるようになったんです」

2人目は、原因不明の視神経炎を患っている患者だった。ステロイド剤で症状はある程度回復したため退院したが、1カ月後、家族から来た報告は「入水自殺しました」だった。

「眼はある程度治ったものの、患者さんは失明の不安に苛まされていたのでしょう。同じ時間を費やすのであれば、患者さんの心に希望を与えられるようなことに費やしたいという思いが湧き起こってきたんです」

3人目の患者さんは、加齢黄斑変性で失明した高齢の患者である。「『生まれたばかりの孫娘の顔も見られずに死ぬのか』とうなだれる患者さんを前に、僕は『すみません、治療法がないのです』というふがいない答えしかできなかった」

鍵本の中で、決意が固まった。幸運にも健康に生きることができている自分の時間を、患者さんに希望が与えられるような治療法や薬を生み出すために費やそう。鍵本は、2005年、28歳の時、ベンチャー企業を設立しようと思い立つ。
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文=飯塚真紀子

この記事は 「Forbes JAPAN No.27 2016年10月号(2016/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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