「これまでの仕事で最も難しく、そしてつらい決断だった」
GEの会長兼CEO、ジェフ・イメルトがそう言って声を詰まらせたことがある。2015年7月9日、東京・六本木のグランドハイアット東京には社員250人ほどが集まっていた。
ー本当にやるんですか?
来日したイメルトはそこでGEキャピタルの売却理由を問われ、感傷的になったのだ。あっけにとられる社員を前にイメルトはこうつぶやき、会場を後にしたという。
「変わらなければならないのです」
確かに、それより7年前のリーマン・ショックのときGEキャピタルは瀕死の状態になった。同時にGE全体も深刻な状態に陥り、債務に対する巨額の政府保証を受けてようやく存続できた経緯がある。
それでも、GEキャピタルはその後もグループ全体の利益の半分近くを稼ぐ主力事業であり続けた。しかも、それは「20世紀最高の経営者」との呼び声も高いジャック・ウェルチ前CEOが築いた大切なビジネスモデルだった。
そのような稼ぎ頭を切ってまで事業ポートフォリオを変える理由は何か。デジタル化のうねりが、やがて製造業を覆い尽くし、そのあり方を根幹から変えてしまうー。イメルトには、そんな未来図が見えていたのだ。
リーマン・ショックの3年後、イメルトはある男と会っている。「イメルトCEOとは初対面でしたが、すごいセールスパーソンだと思いました(笑)。話しているうちに、彼が示す将来のビジョンに引き込まれ、あっという間に、この人と一緒に働きたいと思うようになったのです」
GE上級副社長兼GEデジタルCEOのビル・ルーは、そう笑う。当時、シスコシステムズの副社長だったルーは、それまで30年にわたってシリコンバレーで企業向けの統合アプリケーションの技術開発に携わってきた。いわばデジタルの先駆者だ。そんな彼をイメルトは、「これからのGEのデジタル戦略のすべてを任せたい」と口説いたのである。
これにルーは驚いた。
「まさか重工業企業のGEで働くことになるとは夢にも思っていませんでした。しかしそのころ、コンシューマー・インターネットには大きな変化が起きていました。それまで消費者だけのものだったIoT(モノのインターネット)が、産業界でも始まろうとしていたのです」
1878年に発明王トーマス・エジソンが創業したアメリカを代表する巨大コングロマリットの”ビジネスモデルを変える”仕事ができるー。だが、ルーには「30万人の社員を抱えるこの企業を本当に動かすことができるのか」という迷いがあった。
「それこそ、それまでの成功体験が足かせとなって新興企業に後れを取ってしまうのではないか。そんな恐怖感みたいなものがありました」
その一方で、ルーには自信もあった。ソフトウエア業界で培ってきた「デジタル化を実現する魔法の方程式」である。
デジタルの世界で勝者になるために大切なのは、完璧な解決策を求めるよりもスピードだ。大企業にはなかなかそういった瞬発力がないかわりに、それこそ規模の経済ある。すなわち「スピードxスケール」によって、シリコンバレーのスタートアップに対抗できるのではないか、と考えたのだ。