CINEMA INTERSTELLAR インターステラー




壮大な宇宙の旅があらわにす父娘の愛

おそらく現在のハリウッドで最も強い影響力をもつ監督のひとりがクリストファー・ノーランだろう。彼がまず大きな注目を集めたのは、わずか10分間しか記憶が保持できない男の復讐劇を、現在から過去へと時間軸を巻き戻すようにして綴ったインディペンデント作品『メメント』(2000)。そしてリブート版『バットマン』シリーズの監督に抜擢されると、彼はシリーズ第2作『ダークナイト』(2008)で全米歴代2位(当時)となる興行収入を叩き出し、ヒットメイカーとしての地位を揺るぎないものにした。今や妻のエマ・トーマスとともに製作プロダクション「シンコピー」を営み、自ら製作から脚本まで手がける彼が、『ダークナイト ライジング』(2012)で『バットマン』3部作を完結させた後に初めて取り組む監督作が『インターステラー』だ。

 舞台は植物が疾病に侵され、深刻な食糧危機に見舞われた近未来。絶滅を回避しようとする人々は、人類が生存できる未開の地を求めて、広大な宇宙の果てにえり抜きの探査チームを送り出す。そのひとりが、農場で子どもたちとともに暮らす元テスト・パイロット、クーパー(マシュー・マコノヒー)だった。彼は家族に別れを告げ、この無謀なミッションを発案した科学者、ブランド博士(アン・ハサウェイ)らと宇宙船に乗り込み、地上とは異なる重力と時間に支配された銀河の彼方へ旅立っていく。
ノーランは以前からスタンリー・キューブリックに対する畏怖の念を口にしてきたが、壮大な宇宙の旅を描く本作は、明らかにキューブリックの『2001年宇宙の旅』を下敷きにしている。もちろんストーリーもそうだが、それ以上に彼が“キューブリック主義者”ぶりをあらわにするのが、その圧巻と言っていい映像表現においてだ。デジタル撮影が当たり前になった昨今、ノーランはいまだにフィルム撮影にこだわるひとりとして知られている。映画の中の多くの部分を実際にカメラでとらえようとする彼の欲望は、グリーンバックを使用した合成を好まず、そのためスタジオにできるだけ宇宙空間を再現しなければならなかった。そこで取られた手法が、『2001年宇宙の旅』で初めて用いられ、有名な「人類の夜明け」のシーンを生み出した「フロント・プロジェクション」という特撮技法だ。背景となる宇宙の映像を被写体の前方から投影し、鮮明な映像を作り出すこのスクリーンプロセスによって、本作は類まれな説得力と迫力をもつ宇宙空間の映像を完成させた。

 一方、『2001年宇宙の旅』が深遠な宇宙の謎に迫ろうとするのと対照的に、本作はもっと人間的でエモーショナルなテーマを巡って展開される。それは父娘の愛だ。主人公のクーパーは、喧嘩別れした愛娘のマーフに対して、後悔や未練の情を抱き続けている。「もう一度会いたい」。彼をミッションに駆り立てるのは、人類に希望を見出し、娘と再会したいという切なる思いだ。片やマーフも父の胸中に応えるかのように、残された地上から父の危険な任務をサポートしていく。時空をはるかに超え、互いの安否もわからぬまま、それでもしっかりと結ばれた父と娘の絆。銀河系で繰り広げられる壮大なサバイバル劇は、ある意味そんな父娘の情愛を浮かび上がらせるための、巨大な仕掛けにすぎない。ノーランはこのように語っている。

「僕にとって、これは父親であることの意味を描いた作品なんだ」
4人の子ども(もちろん娘も)をもつノーランの、実は極めてパーソナルな作品なのかもしれない。

門間雄介

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