日本人から世界のリーダーを! 「痛み」が生んだ情熱の発露

桑名由美 クックパイン・キャピタル代表取締役常務、グローバル・シチズンズ・イニシアチブ創立者(今江 洋 = 写真)

24歳、NYのシティバンクで最年少のバイスプレジデントに抜擢され、その後も、長年ウォール街でキャリアを築いてきた。しかし、そんな彼女にもコンプレックスがあった。「彼女は若いし、未経験だから、担当者にしないでくれ」。22歳の時、桑名由美はNYの名門証券会社で、日本の営業担当に抜擢される。だが、日本の顧客から、当時のアメリカ人の上司にそう申し入れがあった。悔しい気持ちと共に、桑名の中には、日本への「怖い思い」がよみがえってきた。

父親の仕事の都合で、8歳まで米国で生まれ育った。その後、日本へ戻り公立学校へ入った、1970年代。日本語がうまく話せない劣等生として、いじめを受けた。必死で勉強して追いつくも、中学に入ってからもいじめは止まなかった。14歳でインターナショナル・スクールへ転校。そこでもまた、6年間を埋めるために英語に追いつくのに苦労した。「今も、日本語も英語も上手く話せない」と桑名は謙遜する。どうすれば多言語、多文化の中で、不自由なく、社会にフィットし、能力を発揮できるようになるのか、それは自分の経験の痛みから来るテーマとなった。

2004年、40歳になったら会社を辞めて事業を起こす、と決めていた夫と共に投資顧問会社を始める。しかし、家族の顧客からは投資の他に教育に関する相談が多かった。自身の長年のテーマともリンクし、12年に始めたのが、未来のグーバルリーダーを育成するプログラム「グローバル・シチズンズ・イニシアチブ」だ。日本の学生もこれまでに8人が参加。特徴的なのは、はじめは自分の意見を言えなかった日本の学生たちは、語りだすとせきを切ったように止まらない。これからは異なる文化、意見を集約し、実行に移す能力が試される時代。日本人からも、世界を率いるリーダーが出てほしい、そう語る。長年身を置いた金融がゴールではなかった。「しかし、それがあったから今、情熱を注げることに巡り合えた」。



Q1 人生で最も辛かった経験は?

中学校2年生の時のいじめ。英語の教師より英語がうまく話せたのがいけなかった?

Q2 ターニングポイントは?

40歳になったら夫婦で事業をしようと決めていた。自由に色々なことができるようになった。

Q3 影響を受けた実在の人物は?

柳井正さん。AからBに行くためにどうするか、コツコツやって、間違えたら軌道修正していくところがすごいと思う。

Q4 原動力となる言葉

「人間として進化し続けること」。

特集】武器はミッション、舞台は地球! 世界で闘う「日本の女性」55

文=岩坪文子

この記事は 「Forbes JAPAN No.26 2016年9月号(2016/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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