テクノロジー

2016.05.22 17:00

遺伝子組み換え「魚」で世界を救う 香港で起業した28歳の野望

nobeastsofierce / shutterstock

スタートアップ関連の取材が専門の筆者にとって、起業家たちの大言壮語は日常茶飯事だ。「ディスラプション」や「革命的」といった大げさな言葉は耳にタコができるほど聞いている。だが、そんな筆者ですら本当に感心してしまうアイデアを持つ企業がまれに存在する。その1つが香港のバイオテック系スタートアップのヴィタージェント(Vitargent)だ。

創業者はフォーブスの「30アンダー30アジア(アジアの有望な30歳未満30人)」の候補にも選ばれた28歳のエリック・チェン。彼が創業したヴィタージェント社は食の安全を変えようとしている。

創業者は28歳の元バスケ中国代表選手

元バスケットボール中国代表選手のチェンは中国経済が急成長した時期に育ち、食品の安全に関するスキャンダルの影響を肌で感じてきた。特に粉ミルクにメラミンが混入した事件が世間に与えた衝撃は大きく、今でも多くの中国人が粉ミルクを海外から取り寄せている。

「なぜ中国のような国でこのような事件が起きるのだろうか?」と、疑問に思ったチェンは、2人の同窓生と共に解決策を模索した。

幸いなことに解決策は身近で見つかった。中国の国家重点実験室の教授が2001年、有害物質の検出に魚の胚(多細胞生物の個体発生におけるごく初期の段階の個体)を使う方法を編み出したのだ。「教授とは、当初は話もさせてもらえませんでした」とチェンは言う。結局、リサーチ内容を使って様々な賞を受賞することは同機関の名誉になると説得し、支援をとりつけた。

いくつかの賞を受賞した時点で、この研究を仕事にするか別の道を歩むかを決断する時が来た。同窓生2人は金融系の仕事に就いたが、チェンは続けることを選んだ。「重要な取り組みでしたから」とチェンは語る。

その後2010年に香港でヴィタージェントを立ち上げ、創業者としての道のりが始まった。

「当時の私にあったのは技術と夢だけでした。何百人もの投資家に会いましたが、誰も私たちを信頼してくれませんでした」と言う。「投資家たちには大学を出て間もない若造が持ってきた、得体の知れないテクノロジーに映ったのです。しかも、バイオテック系企業では投資してもリターンが出るのが遅い。求められていたのはシリコンバレー流の企業でした。私は身近な問題を解決したいだけだったのですが」

遺伝子操作した魚の胚で食品検査を行なう

望みが尽きかけた時、ヴィタージェントが出場したコンペティションの審査員がエンジェル投資家として初めて名乗りを上げてくれた。それ以降は同社の評判が広まり、シードラウンドで130万ドル(約1億4,300万円)を調達することができた。

現在は社員数が20人ほどになり、調達した資金は1,000万ドル(約11億円)を超えている。

ヴィタージェントの核となっているのは、遺伝子操作を施したゼブラフィッシュから取り出した胚だ。この胚は特定の有害物質と接触すると発光する性質を持つ。ヴィタージェントは乳製品や食用油、化粧品、食肉、飲料水の5つの分野を検査対象とし、クライアントから様々な生産過程にあるサンプルを受け取って有料で検査している。

ヴィタージェントのシステムには2つのメリットがあるとチェンは言う。1つ目は通常1度のテストで最大10種類の有害物質しか検出できないのに対し、ヴィタージェントでは最大1,000種類を検出できることだ。その理由はゼブラフィッシュのDNAが人間のDNAと70%一致しており、遺伝子操作したものでは最大80%が一致しているからだという。

2つ目のメリットはコストを削減できることだ。魚の胚は比較的安価であるうえ、1度の検査で約1,000種類の有害物質を検出できる。検査回数も大幅に減らすことが可能だ。

また、同社はこの技術を消費者市場で利用できる特許を取得したため、数十億ドル規模と言われる食品検査マーケットで優位に立てる独自性を持っているという。同社によると現在は香港におけるトップレベルの消費財企業がクライアントになっている。さらに世界進出の足掛かりとして台湾や北京、ヨーロッパに拠点を設ける計画だ。3~5年以内には自宅で食品を検査できるようにしたいという。

編集=上田裕資

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