寒い日の焚き火のように
このように、場所というメディアには力がある。魅力的な場所をつくれば、魅力的な人がそこに集まり、メディアとして高い価値を生み出す。よく「6人を介せば会いたい人に会える」というけれど、それと同じように、ひとつの場所に強烈なファンを10人つくることができれば、おもしろくてユニークな企画やアイデアが自然と生まれるのだ。昔で言うところの「サロン」である。
僕がプロデュースしたフレンチレストラン「SUGALABO」も、縁あって経営を引き継いだ京都の老舗料亭「下鴨茶寮」も、僕にとってはそんなサロン的な役割が強い。
前者は、流行りの隠れ家レストランをつくるのではなく、才能ある料理人・須賀洋介とともに“価値を生み出す食の研究所”をつくろうと考えた。カウンター7席、テーブル8席、計15席だけの小さなレストランだが、月に3日間、スタッフ全員で地方を巡り、良い食材を発掘して新しいメニューを開発したり、日本料理「菊乃井」主人・村田吉弘氏や中国料理「Wakiya-笑美茶樓」のシェフ脇屋友詞氏など、著名な料理人を月に1回ゲストシェフとして招いて、須賀くんとふたりで一皿ずつつくりあげるコラボレーション食事会を開催したりするなど、食の可能性を発信するメディアになることを心がけている。
後者では、まさにサロン的な場となるよう、「下鴨文化茶論(サロン)」を不定期で開催。書道家の武田双雲氏によるワークショップ、桂九雀さんなど上方落語家たちによる一夜限りの寄席、世界的パティシエ小山進さんによるショコラの試食とトークショーなどを行ってきた。
逆を言えば、魅力的なサロンをつくるのに「飲食」は欠かせない。飲食は、寒い日の焚き火のように、たくさんの人を集められるし、幸せな気持ちにさせる。これほど強力な引きのあるものはちょっと他に思いつかない。同時に、魅力的なサロンというのは、ビジネスだけではなかなか成立しない。僕のバーも実は経営的にはとんとん。むしろ趣味の範疇にあるからこそ、10年経ったいまもその場所から何かが少しずつ生まれつづけているのではないだろうか。それがバー、レストラン、料亭と、ひととおり飲食の場に携わってきた僕の率直な感想である。