「愛知県の国道248号線」。登壇者が国道の話を始めると、テキサス州オースチンの国際会議場を埋めたアメリカ人たちは意外な表情を見せた。壇上で、日本から招かれた『「タレント」の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論』(講談社現代新書)の著者、酒井崇男がこう言ったからだ。
「愛知県豊田市には国道248号線という道路が走っています。国道の東側にはトヨタ自動車の本社と開発部門があり、西側にトヨタの工場があります。世界的に有名なのは、 “トヨタ生産方式”が行われている西側です。しかし、トヨタの利益の95%以上を生み出しているのは、東側の開発部門なのです」
国道の西側こそ、世界に名だたるジャストインタイム、KANBAN(かんばん)、7つのムダ削減など「トヨタ生産方式」が生まれた場所。しかし、それが利益を生んでいるわけではないと、酒井は“神話崩し”を始めたのだ。
昨年9月、アメリカに招待された酒井は、振り返ってこう話す。
「工場を綺麗に掃除したり、効率よく工具を取れるようにすることは確かにとても重要なことです。しかし生産工程をどれだけ効率化したとしてもプリウスが開発できるわけではない。トヨタの利益を生んでいるのは生産ではなく、開発。不思議なことに日本では、本当のトヨタの強み、働き方は一般的には知られていないのです」
つまり、売れる自動車をつくり続ける秘密は、トヨタ生産方式ではなく、国道の東側にある働き方の仕組みに隠されていると酒井は喝破したのだ。しかし、アメリカで酒井の話に噛み付いたのは、『ザ・トヨタウェイ』の著者・ミシガン大学のジェフリー・K・ライカー教授だった。
教授は「ミシガンにあるトヨタの工場では30%の原価低減に成功した。君の論理は破綻している」と疑問を呈した。しかし、酒井は即座にこう反論した。
「30%の原価低減はあくまで生産工程の製造原価に限定されています。企画、開発から設計、生産、販売……。すべてのうち、生産工程の製造原価はせいぜい全体の8%か10%程度。そのうち30%を原価低減したに過ぎないんです」
ライカー教授は納得したが、一方の酒井もアメリカの執念に唸らされた点がある。実は、日本よりもアメリカこそがトヨタの本質を研究し続け、「コンセプト化」していたからだ。
1980年代、日米貿易摩擦を避けるため、トヨタとGMの合弁企業「NUMMI」が誕生した。同時に日本企業からその秘密を学ぼうと多くの技術者や研究者がトヨタを訪れた。
このとき、彼らはトヨタ生産方式を習得し、マサチューセッツ工科大学によって体系化された。これは、徹底して無駄を排した「リーン生産方式」と呼ばれるようになる。この仕組みを取り入れた代表格が、ボーイングや、オフィス用家具のスチールケース、ハーレーダビッドソンなどである。