「統計によると、ファミリービジネスの実に90%が創業後、3代で消えてなくなることがわかっています」
スイスに本拠を置くUBSの大手町オフィスの一室ーー。同行で世界の超富裕層顧客部門「ウルトラ・ハイ・ネット・ワース(UHNW)」を統括するジョセフ・スタッドラーは、2m3cmの長身をテーブルの上にかがめながらこう話した。
痩身を、濃紺の上品なスーツに包み、太い黒縁メガネの奥の眼差しで穏やかに語りかける姿は、さながら世界の超富豪たちを公私にわたって陰で支える“コンシェルジュ”の佇まいだ。
「“UHNW”と何度も繰り返すのはまどろっこしいので、ここでは『ウルトラ』と呼びましょう」と彼は言う。「ウルトラ」の定義は、5千万スイスフラン(約58億円)以上の金融資産、もしくは1億スイスフラン(約115億円)以上の総資産を有する超富裕層だ。
現在、アジアの「ウルトラ」の数は急増し、今後5年から10年でその数が米国を上回るとみられている。2014年のUBSのレポートによると、アジアのトップは日本で1万4,720人、次いで伸び率が目覚ましい中国は1万1,070人となっている。
UBSはこのアジアのウルトラの資産運用ビジネスでトップ。その預かり資産のうち、36%がセルフ・メイド、つまり創業ビジネスによるものだという。
富裕層ビジネスのプロが見た“セルフ・メイド・ウルトラ”の抱える悩みとは……。
「ビジネスが消失する原因は大きく3つです。1つはその国の税制の改正に伴う課税強化。これはその国のパスポートを持っていれば避けられません。2つ目はマクロ経済環境の変動です。これも非常に打撃が大きいが、対処は可能です。ですが3つ目として富裕層にとって最も重要なのは、資産の継承に伴って起こる消失のリスクです」(同前)
継承の失敗による一族の衰退。これは世界に共通する超富裕層の悩みらしい。スタッドラーは続ける。
「急激な成長を遂げている一族経営の企業ほど、失敗に陥りやすいのです。これはアジアだけでなく、米国、ヨーロッパ、アフリカなど、どの地域についても同じことがいえます。ファミリービジネスでは家族が互いを助け合いながら成長しますが、1代目、2代目で築いた財産も、3世代目ともなると、一族の数が20人、30人と増えるため、ファミリービジネスの核となる価値観をすべてのメンバーで共有できなくなってきます。中には“ブラックシープ(黒い羊=厄介者)”も出てくる。これは非常にデリケートな問題で、家族内に雑音や緊張感を生み、ビジネスだけでなく家族そのものの絆も弱めかねません」
担当者であるウェルス・マネジャーにとっても、ただウルトラの資産を守るだけではなく、こうした問題にどうアドバイスしていくのかが重要となってくる。
スタッドラーによればオプションは大きく2つ。
「家族の生き残りのためにまず必要なのは、企業内の経営構造の組み替えです。家族の中でどのメンバーが経営に参画していくべきなのかを判断し、株主数を限定していきます。株主比率を決める際にもバランスが必要です。
もう1つは、“キャッシュアウト”です。例えば若い世代でファミリービジネスに全く関心がないメンバーが見つかったら、一定の資産を分け与え、独立を促します。これは悪いことではありません。4世代目、5世代目ともなると資産の分割にしか興味がない場合も多い。大事なのは、どちらを選ぶにしても、家族内の経緯を我々もよく理解しておくことです。私たちはファミリービジネスという物語の“共著者”となってアドバイスを行うのです」(同前)