今やあらゆる企業が同じAIツールを利用できる。では、自社を他社と差別化するものは何か。
その答えは、どのベンダーからも購入できない唯一のもの、すなわち「自社社員の判断力」だと考える。優秀な人材を他と分かつのは、文脈を汲み取り、健全な判断を下す能力だ。だからこそ、多くの組織によるAI導入の進め方に懸念を抱いている。企業は社員にこれらのツールの使い方を教えることには多額の投資をしているが、「いつ使うべきでないか」を教えることにははるかに少ない時間しか割いていない。
AIはリサーチやパターン認識、最適化などに驚くべき能力を発揮する。1秒間に数百万の局面を評価することで人間のチェス名手に勝利し、コーヒーを淹れる時間で膨大なデータセットから異常値をスキャンできる。私は社員に、まさにそうした用途でAIを活用してほしいと考えている。
しかし、AIがあらゆる作業のデフォルトの作成者になると、人間の判断力や創造性は静かに侵食されていく。あらゆる企業があらゆる課題を同じモデルに投入すれば、すべての企業がそのモデルが出力できる平均値へと収斂(しゅうれん)していく。社員は実質的に思考を停止し、ドイツのソフトウェアエンジニアであるニクラス・グルーンが最近「ミート・プロキシ(肉体の代理人)」と表現した存在──疑問を持つのも理解するのも放棄し、ツールの出力を同僚に伝えるだけの人間──になってしまう。組織全体でそのような行動が蔓延すれば、もはや従業員とは呼べない。他者のモデルの流通チャネルにすぎなくなる。かつて自社を際立たせていた判断力や文脈の理解、信念は他者に手渡されてしまったのだ。
この問題は、次世代の労働者にとってより深刻だ。若手社員は、経験によって培われる長年の背景理解や判断力を持たずにキャリアをスタートさせる。彼らが今身につける習慣は、今後数十年にわたる自社の判断力を左右する。自身でペンを握るべき時と、AIから始めるべき時を教えることは、今日のリーダーが果たすべき最も緊急性の高い責任の一つだ。
AI導入に関する指針の多くは、成長や生産性向上のためにツールをどう使うかに焦点を当てている。人間が起草すべきか、AIに任せられるかを判断する手助けには、ほとんど関心が払われていない。アイボッタでは、「そのタスクの重要度はどのくらいか」「どれほどの判断力を必要とするか」という2つの本質的な問いに基づく2×2(4象限)のフレームワークを構築した。
フレームワークの詳細と、全社的AI導入のための9つの原則については、こちらの講演(英語)で解説している。
明確なパターンがあり正解が存在する業務では、通常、AIが初期ドラフトを作成できる。会議の要約やバグの記録、標準契約書の作成などはAIに任せ、人間がその結果をレビューすればよい。リスクが高い業務ほどレビューを厳格に行うべきだが、時間短縮の効果は本物だ。
一方、主観的で重要な影響を及ぼす業務では、アプローチが逆転する。戦略メモ、採用の推奨、人事評価などがこれに当たる。これらは企業がなすべきこととなすべきでないことを示すステートメントであり、カルチャーや実体験に基づいている。これらの決定をAIに委任してしまえば、私たちは代理人を管理する代理人にすぎなくなってしまう。
その領域では、人間が最初から執筆者であるべきであり、その理由は品質にとどまらない。書くことは人が考える手段である。文書はその副産物に過ぎない。アウトラインを作成し、論理の一貫性に苦心し、自分が何を信じているのかまだ分かっていないことに気づく瞬間──これらを通して判断力が構築される。執筆を手放せば、思考そのものを手放すことになる。
安易にAIに頼ることは、対立する強力な複数のアイデアを同時に比較検討し、最善の決定を下す機会を社員から奪うことにもなる。米国のテレビ番組『The Price Is Right』のゲーム「プリンコ(Plinko)」を思い出してほしい。主観的なタスクをAIに委ねると、他に数十通りの選択肢が存在するにもかかわらず、チップは1つのスロットに落とされてしまう。閉ざされた他の選択肢を見ることは二度とできない。AIが作成した成果物を数行修正すると共同執筆者になったような気分になるかもしれないが、実際には自分で選んでいないルートを辿っているにすぎない。
AIの本質は、人類が蓄積してきた知恵の要約である。つまり、世間の常識(コンセンサス)を流暢に提供するにすぎない。もし2011年に、人々が50セントを得るためにレシートを撮影するかどうかをAIに尋ねていたら、アイボッタ(Ibotta, Inc.)が失敗する理由を延々と説明しただろう。なぜなら、誰もがそう信じていたからだ。企業を前進させるアイデアは、決して自明なものではない。合意形成された意見が間違っていると進んで発言する誰かが必要なのだ。そして、その「誰か」は今も人間である。
リーダーにとって、今は「仕事」とは何かを再定義する絶好の機会だ。何十年もの間、私たちは定型業務を中心に仕事を取り決め、それを最も効率的にこなした者を評価してきた。今やAIはそれらのタスクの多くを、より迅速かつ正確に処理する。私は自社がより大きな課題、すなわち「クライアントはどのような問題に直面しているか」「どのように他社と差別化するか」に焦点を当てることを望んでいる。そして、取締役会での議論の最中にツールに相談できる人などいないのだから、社員にはリアルタイムで自らの回答を議論し、擁護してほしいと考えている。それこそがチャートの右側に位置する業務であり、社員に多くの時間を費やしてほしい領域だ。
このフレームワークは現時点でのスナップショット(切り抜き)である。AIツールの進化に伴い、業務の配置はグリッド上を移動するだろうし、我々もそれに合わせて調整していく。しかし、基本原則が変わることはない。AIは人間の判断力を拡張すべきものであり、それに取って代わるべきものではないのだ。
AIを「いつ使い、いつ使うべきでないか」を教えることは、AIの仕組みや使い方を教えることと同じくらい重要なのだ。



