優れた創業者を生んだ本能が、会社を壊すこともある
多くの創業者には、「どうしても人に任せられないもの」についての物語がある。深夜に自ら作り直すプレゼン資料かもしれないし、何度も再考してしまう採用判断かもしれない。あるいは、自分自身で仕切ることを譲らない会議かもしれない。なぜかと尋ねれば、彼らは「他の人が見逃すものに気づけるからだ」と答えるだろう。実際、その通りであることは多い。
しかし彼らが見落としているのは、そもそも自分を成功に導いたその本能が、今や最大の負債になりつつあるという事実だ。
私はセラピストとして、何人もの「このタイプの創業者」と向き合ってきたが、業種を問わず、まったく同じパターンが繰り返されるのを見てきた。
ここではサラと呼ぶことにする、ある創業者の例を挙げよう。彼女は重要な会議の前の晩になると、毎回プレゼン資料を作り直す。作成のために報酬を支払っている担当者たちが優秀であるにもかかわらずだ。彼女は自分が問題点に気づけるからだと主張し、実際その通りだ。例えばかつて、会社の帳簿を監査する人々の手に渡っていれば深刻な損害をもたらしていたであろう誤りを発見したこともあった。
しかし彼女はこの数年で、同じポジションに複数の上級人材を採用し続けている。現在のメンバーは、完成前のものを彼女に見せることをやめてしまった。戻ってくるものが、自分が渡したものとは別物になっているからだ。彼女が最も誇りとする本能には「使用期限」があり、その期限はすでに過ぎていることを、誰も彼女に伝えていない。
彼女のレベルになると受けるアドバイスは高額だが、精度が増すわけではない。「オペレーターを雇いなさい、時間を取り戻しなさい」と言われる。彼女はそれをすべて実行し、場合によっては二度実行してきたが、それでも深夜まで起きている。
重要なのは、彼女が「委任のやり方」を知らないわけではないことだ。財務は何年も前に手放し、以来帳簿を見ていない。しかし、どうしても手放せないのが、かつて会社を生き永らえさせたまさにその一点なのだ。
これこそが、ほとんどのコーチングが見落としている核心である。こうした創業者の行動は単なる習慣ではない。むしろそれはトラウマ反応、つまり現実の脅威の中で調整された生存本能であり、「脅威は去った」というシグナルを一度も受け取っていないのだと私は考えている。創業2年目、たった1回の悪い会議で本当に会社が終わりかねなかったあの時、深夜まで働くことは「働きすぎ」ではなく「不可欠」だった。それが今も会社が存在している理由なのだ。
学術誌『Small Business Economics』に掲載された242人の起業家を対象とした研究によると、自身または身近な家族のメンタルヘルスの問題が、調査対象となった創業者の72%に関わっていることが明らかになった。過酷な初期の経験と強い野心は背中合わせである傾向があり、私が臨床の現場で目にする内容もそれを反映している。
ハイパフォーマーを対象とするセラピストとして、またそうしたバックグラウンドを持つ一人として、私はこのパターンを常に目にしている。最も高い成果を上げる人々は、不均衡なほどにハイストレスな環境、つまり素早い適応が選択肢ではなく必須であった環境によって形成されている割合が高い。親密な人間関係を困難にするその同じ適応能力が、往々にして並外れた仕事を推進する特性そのものとなっている。すなわち、妥協のない意欲、本物の勇気、大半の人なら立ち止まるような状況を押し通す力だ。
誰かを突き動かして真に意味のある企業を作らせるものは、「困難がなかったこと」ではないようだ。むしろ多くの場合、困難が存在し、それが早い段階で手強い力へと変換された結果である。これは診断ではないが、ほとんどの創業者が自分自身についてすでに半ば自覚している、原点(オリジンストーリー)なのだ。
私が関わる創業者たちは、たいていこの会話の標準的なバージョンに抵抗する。そしてそれは正しい反応だ。自分の推進力を「傷」と呼ばれることは、侮辱的で不正確に感じられる。彼らの推進力は本物だ。何かを築き上げた実績がある。その証拠は貸借対照表に表れている。
より真実に近い言い方はこうだ。生存反応は何年も前に特定の条件に合わせて調整された。それ以来、条件は桁違いに変化した。しかし反応は一度も再調整されていない。かつて会社を救ったものが、今では静かに最良の人材を失わせていると、会社が通知してくれる瞬間など存在しない。
これが解決の難しい問題である理由でもある。この領域を改善する準備ができた創業者は、市場にあるほぼすべての解決策に投資するだろうが、本能という楽器そのものを再調整する者はほとんどいない。その結果、コストは誰も数えない場所に落ちる。シニアメンバーは創業者に問題を持ち込まなくなる。なぜなら、持ち込まれた問題はすべて創業者に取り戻されるからだ。最良の採用者は、まさに会社が払っている報酬に見合う価値を発揮しようとする時期に去っていく。そして退職が起こるたびに、「手放さなかった自分は正しかった」というさらなる証拠として読み替えられる。
本能を再調整する3つの方法
1. ルールに日付を入れる。他人に委ねることを拒むひとつひとつについて、そのルールを採用した年にそこでのミスがもたらした損失額を書き出し、次に今日同じミスが起きた場合の損失額を書き出してみる。この2つの数字が同じ世界にあることはめったにない。
2.「自分ならこうやる」と「これは本当のリスク」を分けて考える。何かを取り返す前に、自分が防ごうとしている結果を明確にし、金額を付けてみる。それができないなら、おそらくリスクを管理しているのではなく、自分の不快感を和らげているだけだ。
3. 代償を数値化する。1カ月間、手放せない業務に費やしている時間と、実際に重大な結果を伴う本当の「発見」とを照らし合わせて記録する。そのギャップは想像以上に大きく、レビュー用に手渡される資料には決して表れない。
この部分を誰も口に出して言わない。だからこそ、このレベルの指導で「手放すことを学びなさい」という言葉がこれほど心に響かないのだ。それは、決して不合理ではなく、重要な場面で何度もあなたを救ってきた何かを明け渡せ、と求めるものだからだ。
本能は取り除くべき欠陥ではない。それは楽器であり、楽器は、作られた時の条件が存在しなくなったら、再調整が必要になるのだ。
サラは深夜にプレゼン資料を作り直し続けてもよい。ただ彼女には、それが自分の選択であること、そしてもはや存在しない会社を守り続けているシステムの産物ではないことを、知る権利がある。



