世界最大級のコーヒーチェーンの店舗に、十分な牛乳、カップのふた、ペストリーがそろっていなければ、何が起きるのか。スターバックスはこの問題に何年も苦しんできた。同社の米国売上高は10月に安定するまで6四半期連続で減少し、経営陣はサプライチェーンと近代化の課題について公に言及してきた。
ロイターによれば、この世界的コーヒーハウスは状況を好転させ、棚を商品で満たすべく取り組んでいる。しかし「時代遅れのテクノロジーと分断されたサプライヤーネットワーク」が、その成功を制限してきた。
同社は、AIを活用したシステム刷新、需要予測の改善、「より俊敏な」配送ネットワークを通じて、こうした課題に取り組んでいるとしている。言い換えれば、同社はより良い実行を目指しているのである。それは経営トップから始まる。
実行ギャップとは、企業が約束することと実際に提供することの間にある距離を測るものだ。企業は、戦略を適切に、期限通りに、目的を持って実行できなければ、資金を失う。
私たちはこのことを何十年も前から知っている。ボストン コンサルティング グループは、非効率な市場投入の実行が企業に2兆ドル(約315兆円)の損失をもたらしていると推計した。しかもそれは2022年時点の話である。マッキンゼーによれば、高業績企業でさえ、潜在能力と実際の成果の間に30%のギャップを抱える可能性がある。
実行力の低さは、変動する経済環境以上に企業に金銭的損失をもたらしかねない。牛乳やふたがないコーヒーショップに入った顧客は、コーヒーを買わずに店を出る。リーダーは実行上の問題について組織を責めがちだが、その根本原因は自分たちのオフィスにあることが多い。
経営幹部は自ら生み出したギャップをどう埋めるか
実行を取り巻く環境は、かつてないほど複雑になっている。企業はこれまで以上に多くのデータ、コミュニケーションチャネル、主要業績評価指標(KPI)、ステークホルダー、競合する要求を抱えている。皮肉なことに、この蓄積が実行をより難しくすることがある。最近のBCGの報告書では、約90%の企業がAI導入による利益を生み出している一方で、その多くがスケール化に苦戦していることが示された。
リーダーは実行上の問題に対し、会議、承認階層、ダッシュボード、施策など、プロセスをさらに追加することで対応しがちだ。だがそれは、実質的に実行に対する税を生み出しているようなものだ。引き継ぎ、承認、会議、競合する施策が1つ増えるたびに、何をすべきかを特定することと、それを実行することの間の距離は広がっていく。
リーダーは活動を進捗と、情報を洞察と、会議を説明責任と取り違える。その結果、優先順位は混乱し、実行は遅れる。これは従業員の問題ではなく、リーダーシップの問題である。このギャップを埋めるために、リーダーは次の戦略を検討すべきだ。
• 重要なことを絞り込む。従業員に必要なのは、より多くの施策ではない。より少ない優先事項を極めて高い水準で実行することだ。リーダーは自らに次のテストを課すべきである。チームに対して、最も重要なことを明確に定義し、待てることを仕分けし、成功の姿を定義できるか。できないのであれば、立て直しの時である。
• タスクのオーナーを割り当てる。重要な成果にはすべて、明確なオーナーが必要だ。それを決めるのはリーダーである。チームは協働できるが、誰も責任を負わないほど説明責任を共有すべきではない。
• 活動ではなく成果を測定する。従業員はKPI過多に陥っている。そうではなく、パフォーマンスを意味のある少数の指標に結びつけるべきだ。リーダーはそれらをより頻繁に確認し、行動を起こす時間がまだあるうちに問題を特定できる。
• 問題から意思決定までの距離を短くする。チームは、誰もがすでに理解している問題について何週間も議論に費やす。特にパフォーマンスが軌道を外れたときには、スピードが重要だ。優先順位を定め、適時に取捨選択するリーダーは、より効率的な時間軸を設定できる。
可視化は説明責任ではない
企業はパフォーマンス指標に埋もれている。ダッシュボードやKPIは、何が起きているのかをリアルタイムでリーダーに示すことができる。だが可視化は説明責任ではない。ここでリーダーは、データを実際の行動につなげなければならない。
前述の通り、リーダーはチームに議論と協働を促さなければならない。しかし実行ギャップを埋めるには、リーダーは実行を委任することはできない。リーダーの仕事は、チームに明確さを与え、障害を取り除き、意思決定を行い、自分自身と従業員に対して、約束を果たす説明責任を負わせることだ。
プロジェクトにオーナーがいない場合、それは従業員の欠陥ではない。責任を定め、コミットメントという概念を強めることに失敗したリーダーシップの盲点である。強い組織文化において、コミットメントは大きな意味を持つ。
目標未達が常に懲罰的な対応を必要とするわけではない。しかし、それはリーダーに問いを投げかける契機であるべきだ。なぜ未達だったのか。何を学んだのか。何を変えるのか。是正措置のオーナーは誰か。何よりも重要なのは、リーダーがまずそれらの問いを自分自身に向けることである。
リーダーはAIをどう使って実行を加速できるか
AIは、実行ギャップを縮める大きな機会を生み出す。AIは情報を処理し、反復作業を自動化し、新たに生じつつある問題を人間より速く検知する。月次レビューで、パフォーマンスが3週間前に軌道を外れていたことを知るのではなく、リーダーはAIツールを使って、問題が進行する過程でそれを特定し、想定される原因を理解し、介入が必要な箇所を判断できる。
自律型エージェントが組織全体で稼働し始めれば、AIはリーダーとそのチームにとって、さらに大きな実行力の押し上げ要因になり得る。しかしここでも、実行ギャップが計画を停滞させている。SAPが支援したIDCの調査によれば、81%の組織がAI戦略を持っている一方で、その多くは「有望なAIパイロットと、実現を目指す全社規模の変革との間で足踏みしている」。
AI導入には、利用に関する明確なビジネス文脈や、混乱したガバナンス戦略など、緩和すべき要因が影響する。それらは解決可能である。
ただし重要なのは、AIは文化をつくらないということだ。AIは意思決定を行わず(少なくとも現時点では)、説明責任を果たすこともできない。このような使い方をAIに期待するリーダーは、組織文化に影響を及ぼし、実行ギャップをさらに広げるリスクを負う。
実行に対する責任
実行はこれまでも容易ではなかった。そして、いっそう複雑になっている。誰もが関与する一方で、誰も責任を負わない。
実行ギャップは最終的にはリーダーシップの問題である。リーダーは優先順位を定め、意思決定を行い、リソースを配分し、障害を取り除き、トレードオフを行う。実行ギャップを埋めることは、従業員により良い実行を求めることではない。リーダーに対し、より明確にリードすることを求めるところから始まる。
一貫して実行できる企業が、必ずしも最良の戦略、データ、テクノロジーを持っているわけではない。何が重要かを理解し、自らの意思決定に責任を持ち、組織が期待に届かなかったときに説明責任を果たす人々に率いられている企業なのである。



