人を起業に向かわせやすくする特性の一部は、同時にメンタルヘルスの不調を招きやすいものでもある。それがパラドックスだ。
研究によれば、両者の重なりはかなり大きい可能性がある。起業家242人を対象にした研究では、49%が生涯に少なくとも1つのメンタルヘルス上の問題を経験したと報告した。ADHDは29%が報告し、比較群の5%を上回った。双極性障害は11%で、比較群は1%だった。うつ病は30%が報告し、比較群は15%だった。
特定のメンタルヘルス上の特性は、人が起業家としてのキャリアを求め、そこで成功する可能性を高めることがある。それらは並外れたエネルギー、粘り強さ、リスクを取る姿勢、そして流れに逆らって泳ぐ意志を生み出し得る。しかし、一定のキャリア目標を達成した後には、同じ特性が裏目に出始めることもある。
この現象は、自己選択メカニズムとして捉えることもできる。つまり、特定の特性が、強度、新奇性、容赦ない追求を評価するキャリアへと人を自然に引き寄せるということだ。だが、その追求は痛みから生じているのか。もしそうなら、成功は適切な治療薬なのだろうか。
特定の特性が起業家としての強みになる理由
ADHD、双極性障害、未解決のトラウマに関連する特性は、状況によっては起業家としての強みになり得る。新奇性の追求やリスク志向はその典型例だ。ADHDの傾向がある人は、従来型の仕事にすぐ退屈してしまうため、起業は脳を十分に刺激し続ける数少ない選択肢の一つとなる。
47件の研究のメタ分析では、ADHDの症状、特に多動性と衝動性が起業家的行動と正の相関を示す一方、不注意は起業後の成果と負の相関を示すことが明らかになった。起業家は、他の人なら尻込みするアイデアに、自らの資本や評判、ときには他人の資金を賭けることも少なくない。
また、並外れた粘り強さを発揮することもある。健康、人間関係、精神的な安定の面でコストが高くなりすぎたとき、他の人なら立ち止まるところを、進み続けてしまう。これは驚くべき成果を生むこともあるが、同時に、続けることがもはや健全ではないと気づきにくくさせる。
達成が対処戦略になるとき
人によっては、その原動力ははるかに早い時期に始まる。幼少期にネグレクトや見捨てられ、条件付きの愛を経験した人は、癒えない傷を大人になっても抱え続けることがある。成功したとき、良い成績を取ったとき、誰かの期待に応えたときにしか愛されないというメッセージを受け取っていたなら、世の中に、親に、そして最終的には自分自身に、自分には価値があると証明したいという衝動を抱くようになるかもしれない。
起業家573人を対象にしたある研究では、「起業家の幼少期の逆境とキャリア上の成功の間には逆U字型の関係」があることが示された。低度から中程度の逆境はレジリエンスの向上やより良い成果と関連していたが、逆境が大きければ大きいほどよいというわけではなかった。
その強力な現れ方の一つが、愛と尊敬を混同することだ。思考はこうなる。「素晴らしいものを築けば、人は自分を尊敬するだろう」。感情面のどこかでは、それが「人は自分を愛してくれるだろう」に変わる。この追求は並外れた成果を生むことがある。しかし同時に、痛みを和らげる手段にもなり得る。
アルコール、薬物、その他の不健康な行動に向かう人もいる。成功に向けて容赦なく働き続けることも、はけ口になり得る。週100時間働くことは苦痛を伴うが、痛みが痛みを麻痺させることもある。
同じ力学は権力にも当てはまる。かつて無力感を覚えた人は、経済的、企業内、あるいは政治的な力を求めることがある。それが一時的な主体性の感覚を生むからだ。これらは本物の対処戦略になり得るが、多くの場合、持続可能なものではない。
成功は、私たちが投影したものを与えてはくれない
最も厳しい局面は、ついに目標が達成されたときに訪れるかもしれない。起業家は、ある給与水準、肩書き、企業価値、イグジットといった将来のマイルストーンに感情的な救済を投影しながら、何十年も過ごすことがある。意識的であれ無意識的であれ、「これが実現すれば、ようやく自分は大丈夫だと感じられる」という考えになるのだ。
そして、それは実現する。誇りや高揚感はなお存在するかもしれない。だが、現実はすぐに押し寄せる。痛みはまだそこにある。自分が投影していた体験と、実際に得た体験との隔たりは、空虚に感じられることがある。この出来事が感情的な問題を解決してくれると思っていた。しかし、そうはならない。
成功はまた、孤立をもたらすこともある。あなたが大成功を収めた、あるいは非常に裕福になったと周囲に知られれば、相手の意図を疑うようになるかもしれない。より多くのつながり、愛、尊敬を求めている人物が、逆説的により孤独になり得るのだ。
アイデンティティの崩壊もあり得る。元オーナーCEO16人を対象とした研究では、大半がイグジット後のアイデンティティの変化を十分に予期しておらず、多くが最終的により前向きなアイデンティティを再構築する前に「自己意識の低下を経験した」ことが明らかになった。自分のアイデンティティが創業者やCEOであることと融合してしまっている場合、会社を売却したらどうなるのか。その役割がない自分は誰なのか。
「もっと欲しい」という欲求に注意する
最も明確な警告サインの1つは、成功してもなお十分だと感じられないことだ。自分に正直に、「これは感情面で期待を下回ったのか」と問いかけてみるとよい。まだ空虚さを感じているかもしれない。人間関係が取引のように感じられるかもしれない。あるいは運動、危険な趣味、パーティー、浪費、次の会社をすぐに立ち上げることを通じて、突然さらなる強い刺激を求めているかもしれない。次の節目こそ、ついに効果をもたらしてくれるのではないかと思っているからだ。それは悪循環を生み出し得る。
これを特に見分けにくくしているのは、成功の追求が社会的に正当化されていることだ。飲みすぎや薬物乱用は不健全だと認識されている。しかし働き続けることは別だ。周囲は「ワーカホリックだ」「ストレスに気をつけろ」と言うかもしれないが、週100時間労働は依然として賞賛に値するものとして扱われ得る。そのため、この対処メカニズムははるかに発見しにくいのだ。
何が自分を突き動かしているのかを理解する
だからといって、起業家が会社を築くことや野心的な目標を追うことをやめるべきだという意味ではない。メンタルヘルスの苦しみが誰かの並外れた創造の触媒となったとしても、創造そのものが悪いわけではない。問題は、その追求を駆り立てているものを理解することだ。
この達成によって、自分はどのような感情を得られると期待しているのか。前回のマイルストーンは、実際にそう感じさせてくれたか。本当に築きたくて追い求めているのか、それとも立ち止まれば向き合わずに済ませてきた何かと直面せざるを得なくなるからなのか。
そして沈黙を破ろう。配偶者、きょうだい、親友、仲間、専門家など、信頼できる誰かに話すのだ。起業家やCEOの仲間グループは特に価値がある。他の人も同じ悩みを抱えていると知ることで、自分が1人ではないと感じられるからだ。
健全になるとは、築いたり、創造したり、リスクを取ったりする自分の一部を失うことではない。波に飲まれるのを許すのではなく、そのエネルギーを使いこなすことを学ぶのだと考えてほしい。
次の会社を築くことはできる。しかし同時に、なぜそれを築いているのかを理解し、その過程で自分を労わり、たどり着いたときに実際にその瞬間を味わうこともできるのだ。



