過去20年間、決済のイノベーションは主に、使い慣れた指標、すなわち処理速度の向上、承認率のアップ、コストの削減、不正対策の強化、スムーズなチェックアウト(決済手続き)によって評価されてきた。
これらの優先事項は現在も重要である。しかし、それらは次第に「あって当たり前」の前提条件になりつつある。より重要な変化は、決済が「処理の問題」から「経済的最適化の問題」へと移行していることだと筆者は考える。
決済業界は年間およそ2兆6000億ドル(約411兆円)の収益を生み出しており、2030年までに3兆2000億ドル(約505兆円)に近づくと予測されている。同時に、その経済構造は即時決済、デジタルウォレット、オープンバンキング、ローカル決済スキーム、トークン化された資金、組み込み型金融(エンベデッド・ファイナンス)、そしてAIによって再編されつつある。
お金の移動が容易になるにつれ、お金を「どのように移動させるべきか」を決定する価値が高まっている。これが決済における次の重要なカテゴリー、すなわち「レベニュー・オーケストレーション(収益の最適化・統括)」を生み出すと筆者は信じている。
「ペイメント・オーケストレーション」は最初のステップにすぎない
ペイメント・オーケストレーション(決済処理の最適化)は、加盟店やプラットフォームが複数の決済プロセッサー、アクワイアラー(加盟店契約会社)、決済手段を接続し、より優れたルーティング判断を下すのに役立った。しかし、ルーティングは、はるかに大きな商取引チェーンにおける1つの決定にすぎない。
決済はコンバージョン率から不正対策、流動性に至るまであらゆる要素に影響を与えるにもかかわらず、ほとんどの企業がこれらの要素を個別に管理しているのが現状だ。筆者が「顧客需要、プロダクト構成、価格設定、決済、回収、売掛金の消込、顧客維持を接続する、AI駆動型のインテリジェンス運用レイヤー」と定義するレベニュー・オーケストレーションは、これらの要素を統合することができる。
企業が問うべきなのは、「どのルートでこの取引を処理すべきか」ではない。「どの決済手段、ルート、タイミング、リスク判断、決済経路の組み合わせが最良の経済的成果を生むのか」である。これにより、決済はインフラから商取引の意思決定エンジンへと変貌する。
AI:ワークフローの支援から運用へ
金融サービスにおける生成AIの第1波は、事例の要約、回答の作成、規約の検索、運用チームのサポートといった従業員の生産性向上に重点が置かれていたが、次のフェーズではこうした「コパイロット(副操縦士)」から「統制されたエージェント(代理実行体)」へと移行すると筆者は考えている。
決済の失敗を例に考えてみよう。運用チームがイレギュラーを調査し、複数のシステムを確認し、問題を特定し、関係者に連絡し、取引を修復し、結果を照合することがある。しかし、あらかじめ定義された統制の範囲内で、ソフトウェアエージェントがその一連のプロセスの多くを実行し、人間の判断が必要な場合にのみエスカレーションを行う事例が増えている。
同じモデルは、調査、照合、チャージバック、財務管理などにも広げることができる。したがって、戦略的機会は単なる労働効率化ではなく、機械による実行と人間によるガバナンスを軸にワークフローを再設計することにある。
見落とされがちな機会:決済の経済性
大手加盟店、銀行、プラットフォームは、インターチェンジ手数料、ネットワーク手数料、処理マージン、インセンティブ、取引量に応じた階層、外国為替(FX)スプレッド、チャージバック、精算タイミングなどを含む複雑な取り決めを交渉している。
ほとんどの組織は取引が成功したかどうかは把握している。しかし、予想していた経済的メリットが実際に実現したかどうかまで把握している組織は極めて少ない。数ベーシスポイント(0.01%単位)の漏れは些細なことに見えるかもしれないが、年間数百億ドルの取引規模になれば、数百万ドルの利益損失になり得る。
AIは、取引条件、取引データ、精算情報、実際の手数料を関連付け、予想された経済性と実際の経済性がどこで乖離しているか、そして次に何をすべきかを特定するのに役立つ。これにより、照合処理は単なるバックオフィスの経理機能から、収益を保護する機能へと進化させることができる。
リアルタイム決済が商取引インフラへ
即時決済ネットワークもまた、業界の基盤を変えつつある。
米国のFedNow、欧州の即時決済フレームワーク、インドのUPI、その他の国内リアルタイムシステムは、単に高速な銀行振込のレールとして捉えるべきではない。加盟店決済、給与支払、財務管理、B2B決済、返金、組み込み型金融、国際送金を支えるプログラマブルな商取引インフラになりつつあると筆者はみている。
銀行にとって、戦略的問いはもはや「リアルタイム決済に接続されているか」ではない。「リアルタイム決済が存在するからこそ、どのような収益性の高い顧客提案を構築できるか」だ。言い換えれば、接続は導入の節目にすぎず、商用化こそが成長戦略なのだ。
断片化される世界の未来
レベニュー・オーケストレーションの未来を見据える中で、筆者は単一の普遍的な決済モデルが普及するとは予測していない。
地域別に見ると、北米は引き続きカードや消費者信用の経済構造が強固であり続けるだろう。また欧州は、規制、オープンバンキング、即時決済の組み合わせを継続していくだろう。
アジア太平洋地域とアフリカでは、少し異なる力が決済環境を再編しており、デジタルインフラや代替的な金融システムがより大きな役割を果たしている。アジア太平洋地域はデジタル決済を国家インフラとして扱うことの影響力をすでに実証している。アフリカはモバイルマネーや代替金融エコシステムの強力さを示し続けている。
したがって、グローバルプラットフォームにとっての機会は、すべての市場を1つのレールに押し付けることではない。ローカルの規制、行動様式、流動性、経済性を理解しつつ、その複雑さを顧客からほぼ完全に見えなくすることができるインテリジェンスレイヤーを構築することだ。
これはクロスボーダー決済やステーブルコインにも当てはまる。企業の財務担当者が、決済にコルレス銀行業務、地域の即時レール、事前資金調達された流動性、あるいは規制されたトークン化決済メカニズムのいずれを使用すべきかを手動で判断する必要があってはならない。
競争上の優位性は、すべての決済に単一のレールを使うよう主張することではなく、複数のレールの中から知的に選択できることから生まれるようになると筆者は考えている。強力なプラットフォームは、最適な経路を決定するために、送信先、通貨、コンプライアンス、緊急性、流動性、経済性を理解している必要がある。
請求書は今日支払うべきか、それとも28日後に支払うべきか。早期支払い割引は手元資金を維持することよりも価値があるか。コストと精算の確実性の適切なバランスを提供するレールはどれか。これこそが運転資本に適用されたレベニュー・オーケストレーションである。
より優れた決済のKPI
加盟店は、主要な決済指標としての処理コスト重視から脱却することも検討すべきだと筆者は考える。
より安価な決済であっても失敗頻度が高ければ収益を損なう可能性がある一方、コストの高い手段でもコンバージョンを高めるなら、より優れた経済性を生む可能性がある。
有用な指標の1つが「決済試行あたりの純収益(net revenue per payment attempt)」だ。この方針転換により、企業は承認率、処理費用、不正対策、インセンティブ、資金調達、精算、コンバージョンを包括的に評価せざるを得なくなり、経営陣が配慮すべき成果と決済をより緊密に連動させることができる。
決済の次なる時代
決済は4つの段階を経て進化してきた(そして進化し続けている)と筆者はみている。第一に「処理」が取引を移動させた。次に「デジタル化」がそれを容易にした。その後「オーケストレーション」がどのように移動すべきかを決定した。そして今、「経済的最適化」が取引(およびそれを取り巻く顧客関係)がいかにして最善の成果を生み出すかの決定に寄与している。
2020年代の終わりまでに、最も価値のある決済プラットフォームとなるのは、単にお金を最も速く移動させるプラットフォームではなく、お金が移動する理由、それに伴うリスク、そしてそれが流動性やマージンに与える影響を最もよく理解しているプラットフォームかもしれない。



