前回の記事では、ソーシャルイノベーションにおける共感ギャップについて書いた。これは、解決策を設計する者と、その問題を実際に抱えて生きる者との間に存在する距離のことである。研究、資金、専門知識は理解したかのような錯覚を生み出す一方で、人々が本当に必要とするものを見落としていることがある。善意だけでは十分ではなく、意味のあるイノベーションには当事者の実体験に寄り添い続けることが欠かせない。
AI時代においては、もう一つのギャップが同じくらい重要となる。それが「現場ギャップ」である。これは意思決定者と、日々そのシステムを経験する人々との間の距離のことだ。AIによって自動化とスケールが容易になるほど、この距離の持つ意味は大きくなる。構築のスピードが速くなればなるほど、正しい問題を解いているかを確認することが重要になる。
現場に近づくことで、人々がどこでつまずき、なぜ離脱し、どのような一見小さな障壁が大きな困難を生むのかが見えてくる。また、人々が実際に直面している問題を解決しないまま資源が投入されている箇所も明らかになる。
現場は、資源をどこへ振り向けるべきかを教えてくれる。
限られた資源
筆者の視点は、20代の頃に政府資金によるサポートサービス環境で現場業務に携わり、メンタルヘルスサービスの構造や提供のあり方を見てきた経験に一部由来している。政府はすでにこれらのシステムに相当な資源を投じている。重要なのは、その資源がアクセス、継続性、安全性、公共的価値を最大化するために使われているかどうかである。
人の手によるプログラムは、制限、待機リスト、紹介、定められたサービス範囲などを通じて希少性を管理しなければならない。これは単純な現実を反映している。すなわち、専門職の時間は有限であるということだ。
有資格の専門職の注意は、長年の訓練に裏打ちされている。したがってAIは、「労働者に取って代わるか」よりも有益な問いを提起する。どの機能が本当に人間の専門性を必要とするのか、どの機能は責任ある形で補強あるいは自動化できるのか、そしていつ責任を有資格の専門職に戻すべきか、である。
専門知の機会費用
この区別は、人材不足の捉え方にも新たな枠組みをもたらす。解決策が専門家の増員である場合もあれば、より優れたサービス設計である場合もある。高度に訓練された専門職が、適切にガバナンスされたAIで安全に支援できる定型業務に時間を費やしていると、トラウマケアの専門性やリスク評価を真に必要とする人々の待ち時間が延びてしまう。
AIが、人間の専門性を本当に必要とする人々のためにどれだけ専門職の注意を解放できるかを考える必要がある。
AI主導の非営利モデルから学んだこと
こうした考えは、筆者が構築した「ソロ創業者によるAI主導型非営利モデル(Solo Founder AI-Driven Nonprofit Model、SFADNM)」にも反映されている。これは、従来の労働力、資金構造、ヒエラルキーへの依存を減らしながら、AIが非営利組織のサービス提供をいかに持続可能にできるかを探るものだ。公表した研究では、自ら開発したプラットフォームを事例として用いている。重要な教訓は、AIによって人間の労力を注ぐべき場所が変わるということだった。
どれだけ自動化できるかだけを問うのではなく、AIによって人間のキャパシティをより賢く使えるようになるか、と問うほうが望ましい。
この「再配分」への着眼は、筆者がソーシャルイノベーションを考えるうえでますます中心的なものとなっている。
リーダーシップを現場に近づける
同じ原則はリーダーシップにも当てはまる。大規模な組織では、報告系統やヒエラルキーの層が意思決定者をサービス対象者から遠ざけ、現場で繰り返される問題の表面化が遅れてしまうことがある。
適切なプライバシー、同意、ガバナンスのもとで、AIはそうしたパターンを早期に特定する助けとなり得る。目指すべきは、リーダーが人々と直接対話する時間を増やすことである。AIは情報を整理できても、意味を理解するのは依然として人間の役割だからだ。
「資金を増やす」から「賢く配分する」へ
この考え方は、2025年の記事で論じた、トラウマインフォームドなバーチャル・セーフスペースを社会インフラかつ公共財として扱うべきだという主張を発展させたものだ。
その後、この構想を全国規模のバーチャル・セーフスペースのための約200ページに及ぶ医療予算提案書に発展させ、医療予算改革と資源再配分の広範な取り組みの一環として、カナダ財務省に提出した。
筆者の活動から着想を得たこの構想は、専門サービスを代替するのではなく補完するものとして、公的にアクセス可能で多言語に対応し、常時利用できる支援レイヤーを想定している。AIは限定的でリスクの低い機能を担い、訓練を受けた専門職がシステム全体を監督し、人間の判断や専門性が必要な場合に介入する形だ。
皆保険(ユニバーサル・カバレッジ)が、必ずしも誰もがアクセスできることを意味するわけではない。制度上はサービスが存在しても、費用、待ち時間、言語、地理的要因、制度の複雑さ、適切な提供者を見つける難しさなどによって、実際には利用しづらい場合がある。
好機は、既存の資源の配分、連携、提供の仕方を再考することにある。目的は、テクノロジーを用いてアクセスを広げる一方で、人間の専門性を本当に必要とされる場面のために温存することだ。
人間の判断を、最も必要とされる場所に集中させる
AIは公共サービス提供の経済構造も変える。従来のモデルでは、提供範囲を広げるには通常より多くの労働力が必要だった。利用者が増え、提供時間が長くなり、言語や地理的な到達範囲が広がれば、それだけ追加のキャパシティが求められるからだ。
AIを活用すれば、主に労働力の追加ではなく、テクノロジー、サイバーセキュリティ、プライバシー保護、モニタリング、有資格者による監督を通じてシステムをスケールさせることができる。
重要な区別は、「提供可能性のコスト」と「専門性のコスト」の違いである。テクノロジーが継続的なアクセスを支える役割を広げていく一方で、希少な人間の専門性は、判断、治療的な深み、関係性、そして専門職としての責任が最も問われる場面に集中させることができる。
現場ギャップを埋める
現場ギャップが教えてくれるのは、優れたシステムは遠くからは設計できないということだ。AIはその教訓をいっそう切実なものにする。AIは良い前提も悪い前提もスケールさせる。問題を取り違えれば、AIは私たちに誤った理解をより速く広めることになる。しかし現場に寄り添い続ければ、より迅速に、より広く対応することが可能になる。
共感ギャップは、設計する前に人々を理解することの大切さを思い出させる。現場ギャップは、設計が始まった後も耳を傾け続けることの大切さを思い出させる。
AI時代における最大の機会とは、テクノロジーが提供可能性を広げ、人間は人間にしか担えない判断、専門性、そして人間性を提供する——そのようにシステムを再設計することかもしれない。



