運用者はしばしば、自分たちの規律を曲げないと語る。私はそれを尊重する。だが規律とは、支払いたくない価格を示すだけのものであってはならない。待つことの機会費用や、却下した投資の代わりとなる対象の質も考慮すべきだ。
伝統的なバリュー投資の多くは、価格と推定価値の差に注目する。ある企業の価値は50ドルと判断され、株価は30ドルで取引されている。その差が投資仮説になる。
私は、それだけで十分だと思ったことはない。20ドルの差は何年も存在し続けることがある。とりわけ経営陣が資本配分を誤り続けている場合、業界が衰退している場合、あるいは株主が企業に影響を及ぼす実効的な手段を持たない場合はそうだ。市場が最終的に当初の評価に気づいたとしても、その時点で年率リターンは特筆に値しないものになっているかもしれない。
このような状況では、「早過ぎた」ことと「間違っていた」ことが、ほとんどの顧客が耐えられる期間をはるかに超えて、同じように見え続ける。
AI銘柄は、この問題を悪化させた。割安とされる企業が議論を変えられるような成果を出せない一方で、AI企業の利益は伸び続けたからだ。カタリスト(触媒)を欠く割安株は、四半期ごとに目に見える成長を示す企業と競っていた。バリュエーションの差は本物だったかもしれないが、市場にはそれを解消する理由がなかった。
AI銘柄の不調な1週間は投資家心理を変える。だが、不完全な投資仮説を修復するわけではない。
AI銘柄の下落は、割安株をより良くするわけではない
ナイキは、私の言いたいことを示している。同社株はピークから80%超下落し、バリュエーションは縮小した。世界で最も認知度の高いブランドの1つが、かつて投資家があり得ないと考えたであろう価格で手に入るようになっている。
そうなると、バリュー投資家はほぼ自動的に引き寄せられる。彼らはナイキのかつての利益率、文化的支配力、プレミアム評価を思い出す。現在の株価を昔の株価と比べ、可能性を見いだす。
私がForbesに寄稿した「12年ぶり安値のナイキ株は買いか、バリュー投資家が見落とす本質」で論じたように、同社株が下落したのは、市場が単にしびれを切らしたからではない。Nike Directは弱含み、デジタル売上高は減少し、中華圏は悪化し、コンバースは深刻な落ち込みに見舞われた。ナイキが過去の成功体験に頼りすぎる一方で、競合他社が存在感を高めた。


