「オレキシン(orexin)」と呼ばれる脳内ペプチドの発見は、DNAのなかで見過ごされてきた分子が、主要な疾患の解明と画期的な新治療をもたらす仕組みを明らかにしている。オレキシンは私たちを覚醒状態に保つ働きをする極めて短いタンパク質だが、その短さから通常の遺伝子検索では見落とされてきた。
オレキシンは、1998年に2つの研究チームが異なる手法を用い、それぞれ独自に発見した。この発見は、重度の睡眠障害であるナルコレプシーの発生メカニズムの解明につながり、現在、米食品医薬品局(FDA)の審査を受けている複数の薬剤の開発にもつながっている
こうしたオレキシンの物語は、ゲノム科学に難しい問いを突きつけている。それは、DNAにはこれ以外にも、機能を持つ小さな分子がどれほどの数、いまだに隠されているのかという問いだ。というのも、遺伝子を探し出すために使われているツールキットは、もっとサイズの大きな分子を探すように設定されているからだ。
オレキシンは、この問いに対するテストケースといえる。ゲノムアノテーション(ゲノム情報の意味を解き明かし、注釈をつけるプロセス)で用いられる通常のパイプラインは、通常では130アミノ酸という長さのしきい値が使用されている。この基準は、これ以上短い配列では、機能するタンパク質をエンコードできないという推察に基づいている。その結果として、短いペプチドや機能性RNAは見過ごされてしまう。
見過ごされかけた小さな前駆体
遺伝子は、タンパク質を生成するための指示情報を運ぶ。メッセンジャーRNAはこれらの指示を、細胞内のタンパク質生成工場に運ぶ。研究者が、長いひも状のDNAから遺伝子を探す際には、コンピュータープログラムがスキャンを行ない、タンパク質生成の命令のように見える部分の当たりをつけている。
こうしたプログラムでは、対象とするサイズに下限を設けている。そうでないと、無数の雑多な配列にフラグをつけなければならなくなるからだ。ゆえに、多くのアノテーションシステムでは、こうした短い配列を対象外としてきた。
オレキシンの場合、メッセンジャーRNAから、「プレプロオレキシン」と呼ばれる前駆体ペプチド(アミノ酸の鎖)がエンコードされる。細胞はこの前駆体を、さらに小さい2つの活性ペプチドに分割する。これがオレキシンAとオレキシンBであり、前者が33アミノ酸、後者が28アミノ酸からなる。こうしたサイズのため、オレキシンAとBは、通常の探索プログラムをすり抜けるラインにかなり近いところに位置している。
オレキシンの主な機能は、脳の安定した覚醒状態を維持することだ。オレキシンを産生する細胞は、視床下部のごく限られた領域に存在しており、脳の覚醒中枢に軸索を伸ばす。このシグナルがないと、覚醒状態と睡眠状態のあいだの境界線が消滅してしまう。



