カルチャー

2026.10.28 15:45

なぜ200年前のシルクに勝てないのか 細尾真孝と北野宏明が探る「革新の原点」【第1話】

蚕という、最初の不思議

上流をさかのぼった先で、細尾はあらためて一匹の虫の不思議に向き合うことになる。良い糸を問うことは、結局、この虫を問うことだからだ。

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蚕は、桑の葉を食べて育つ。孵化からおよそ三週間で、体は約一万倍になる。猛烈な速度で大きくなり、大量の桑を食べる。そして成長しきると、口から糸を吐きはじめ、自分の体のまわりに繭を編んでいく。その糸が、異様なのだ。一本である。

北野「1500メーター、これが一本。」

細尾「一本ですね、はい。」

北野「ずっとこう吐き続けて、繭を作って、これが一本、何本があるわけじゃなくて一本なんですか?」

細尾「これが非常にシルクの特殊なところですね、繊維の中でも。蚕は口の中から(…)桑の葉を食べて、自分の中から本当に一本の糸をこう吐いていくわけです。ですから、もうそれをただ吐くだけじゃなくて、八の字型に振りながら吐くことによって、この自分の体の周りに、いわゆるこのコクーンを形成していくという」(Session 2, 06:45)

蚕の品種にもよるが、1200から1500メートル。継ぎ目なく、一本。その糸口を探し出し、引き上げると、1500メートルのシームレスな糸になる。一匹の虫が、自分の体液から一本の長い糸を編み出し、人間がそれを解いて織物にする。六千年、人類はこの不思議の上に文化を築いてきた。

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そして、シルクには、もう一つの特異な性質がある。蚕が快適でないと、良い糸を吐かないのだ。

「快適にこの糸を最後吐ける状況を作ってやるという、蚕の快適な温度帯って人間と同じで二十六度ぐらいなんですね。で、これを今地球の温暖化とかになってくると、なかなかそれが蚕は苦しくていい糸が吐けなかったり、場合によっては育たないみたいなことも今起きてますので、いかにお蚕さんが気持ちよくこの糸を吐いてくださるか」(Session 2, 08:51)

26度。人間と同じ。蚕が気持ちよく糸を吐ける環境を整えることが、良い糸の条件になる。温暖化は、その繊細な均衡を脅かす。良い糸とは、技術で押し切るものではなく、生き物の機嫌を最良に保った先に「吐いてもらう」ものなのだ。後の話で展開される「設計するエンジン」が、なぜ最後まで生命のご機嫌うかがいを手放せないのか──その理由が、ここにすでにある。

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