誰からも頼られる人に、頼れる人がいない理由
「皆のお気に入り」であることの最も興味深い側面は、その人自身が辛い1週間を過ごしているときに現れる。
その頃には、誰もがその人物の特定の側面になじんでしまっている。話を親身に聞く人、覚えている人、扱いづらい性格の人にも対応し、気まずい状況を和らげられる人。周囲も本気で心配しているのかもしれないが、習慣とは恐ろしいものだ。長年「助けを求められる側」で居続けると、同僚たちはその人が助けを求める姿を想像することすら忘れてしまう。
これは必ずしも他人の利己主義によるものではない。明確な合意がないまま、人間関係の中で役割が固定化していくのだ。ある人はムードメーカーになり、別の人は取りまとめ役に、また別の人は冷静な存在になる。職場においてチームの精神的支柱となる人が生じると、あまりに自然にその役割を果たすため、それを行うのにどれほどの労力を要しているかに誰も気づかなくなる。
組織市民行動(OCB)に関する研究では、公式な職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)に含まれない貢献が長年調査されてきた。新人を歓迎し、緊張を和らげ、気遣いを見せ、トラブルが大きくなる前に気まずい状況に割って入るなど、チームを機能させるための「人間関係の維持」を人一倍こなす社員がいる。こうした行動はきわめて価値が高いものの、数値化するのが驚くほど難しい。
マネージャーはこの貢献を軽視しがちだ。皆に好かれている社員は、他全員の負担を軽くするために目に見えない仕事をこなしているからこそ、一見すると非常に楽に働いているように見えてしまう。「対人スキルが高い」と褒めるのは良いが、手に負えない人物や感情的に複雑な問題をすべてその人に回し続けるのは話が別だ。
そして、これは当事者である社員自身にも選択を迫る。信頼されているからといって、あらゆる愚痴や秘密を受け入れる必要はない。共感力があるからといって、全員のカウンセラーになる必要もない。自立した大人同士に問題がある場合、間に立つ「広報部」にならなくても、双方を気遣うことは可能だ。「あの人に話してくれないか?」と頼まれたとき、最も親切な対応は「直接話し合ってみてはどうか」と促すことかもしれない。
だからといって、冷淡な人間になる必要はない。職場での強固な信頼関係には価値があるし、一緒に働きやすい人物であることは大きな強みであり続ける。問題は、周囲があなたに押し付けて満足している役割を、あなたが時には演じるのをやめたとしても、その関係性が維持できるかどうかだ。
これこそが、「誰もが頼りにする同僚」になることの隠れた代償かもしれない。他者にとって感情面で重宝される存在になればなるほど、周囲はあなたが与えてくれるものにばかり目を向け、そのために必要な代償を見落としやすくなる。
全員があなたに何かを求めているとき、人気とは素晴らしく「相思相愛」なものに思える。しかし、あなた自身がたった一度でも周囲の助けを必要としたとき、その相互関係が本物かどうかが真に試されることになるのだ。


