体の表面が毛で覆われていることは、哺乳類を定義する特徴の一つだ。体毛には体温の維持や、日光から皮膚を守るという役割がある。なかでもヒトの頭皮に生える毛髪は、体のどの部位と比べても一番と言っていいほど長くなり、密度も高い。
それだけに、これだけ多くの男性が人生の半ばで髪の毛を失うのは、自然の摂理に反しているように思える。内分泌学の学術誌『Endotext』に掲載された臨床レビュー論文によると、男性の場合、髪の毛が目で見てわかるほど失われる者は、50歳までに半数に達し、年齢を重ねるとその割合はさらに増えていくという。
生物学者にとって、これほどまでに一般的に見られる形質は、一つの大きな謎だ。髪の毛を失うことに真に大きな代償が伴うのであれば、自然選択によって、この形質は徐々に排除されていくはずだ。しかし男性が髪を失う現象は、民族や世代を問わず広く存在し続けている。
その理由としては、3つの可能性が考えられる。実害がないために自然選択の対象にならない、何かメリットがある形質に付随して発生している、この現象自体が何らかの機能を果たしている、の3つだ。
脱毛が始まった男性の頭皮で起きること
この現象は、正式な医学用語ではアンドロジェニック・アロペシア(androgenetic alopecia:男性型脱毛症、AGA)と呼ばれる。この名前の前半部分は、脱毛の原因となる要素を示す2つの単語が組み合わされている。すなわちアンドロゲン(テストステロンをはじめとする男性ホルモン)とジェネティック(遺伝的)だ。
ここでカギを握るのが、ジヒドロテストステロン(DHT)と呼ばれる、人体がテストステロンから生成するより強力な作用を持つホルモンだ。
遺伝的にこのホルモンへの感受性の高い男性の場合、頭頂部およびこめかみ付近の頭皮にある毛包(毛根を包み込み、毛を作り出す袋状の組織)がDHTに反応し、徐々に縮小していく。このプロセスは「毛包のミニチュア化(矮小化)」と呼ばれている。
このプロセスが起動すると、毛周期ごとに髪の毛が短く細くなり、最終的には軟毛や産毛のような細い毛しか生えなくなる。毛包の細胞は通常、完全に死に絶えることはないが、以前のような太く濃い毛を生やすことをやめてしまう。
かつては、脱毛は「母方から遺伝する」という俗説があったが、脱毛に関する遺伝の仕組みはずっと複雑だ。とはいえ、アンドロゲン受容体の情報が書かれた重要な遺伝子がX染色体に存在しており、男性の場合はこれを母親から受け継いでいるのは確かだ。
ただし、2017年に『PLOS Genetics』に掲載された研究論文によると、ゲノムのさまざまな場所に散らばっている多くの遺伝子が、少しずつ影響を及ぼしていることが判明している。男性型脱毛症の症状が、代々受け継がれながらも、単純な遺伝のパターンに従っていないのはこれが理由だ。



