ここで「実績で示せばいい」という助言は危険になる。仕事は能力を示すことができる。だが、仕事ぶりだけでは意欲を伝えるには不十分だ。見事にやり遂げたプロジェクトは、次は自分がリードしたいという意向を自動的にマネジャーへ伝えてくれるわけではない。遅くまで働くことは、より大きなチームを任されたいという希望を伝えない。際限なく相手に合わせることは、相手に合わせ続けることに疲れていることを、誰にも伝えない。
前に進むのは、最も静かに貢献した人ではないことがある。進みたい方向を周囲に見えやすくした人である場合がある。
それは不公平に感じられるかもしれない。特に、優れたマネジャーなら気づくべきだと考える人にとってはそうだ。確かに優れたマネジャーはもっと気づくべきだが、それでも心を読めるわけではないのだ。
一緒に働きやすい人でありつつ、時には簡単には合わせない
だからといって、すべての依頼を交渉に変える同僚になる必要はない。一緒に働くと疲れる人は、自らキャリアの天井をつくる。信頼性、寛大さ、感情の安定は、今も極めて価値の高い資質である。
必要な調整は、それほど大きなものではない。あらゆる不都合を、口にするほどでもない些細なこととして扱うのをやめることだ。
誰かが仕事を追加してきたら、何を後ろにずらすべきかを尋ねる。その任務を望んでいるなら、そう伝える。自分の役割を超える責任を繰り返し担っているなら、それが単に自分の通常業務だと見なされないよう、マネジャーにそのパターンを理解してもらう。そして時には、これまで陰で防いできた不都合を、他の誰かに経験させるのだ。
最後の点は、驚くほど居心地が悪く感じられることがある。相手に合わせることに慣れている人は、境界線を引くことを、突然扱いにくい人になったかのように感じがちだ。だが周囲にとっては、単に新しい情報として受け止められるだけかもしれない。
ここにはマネジメント上の教訓もある。自分のチームを見渡し、誰も望まない依頼を誰が受けているのかを考えてほしい。スケジュールが変わったときに調整しているのは誰か。「あの人なら対応できる」として、難しい性格の相手と組まされているのは誰か。あなたにとって最も問題を起こさない社員が、自分自身の問題をため込んでいる可能性がある。
一緒に働きやすいということは、理性的で、信頼でき、あらゆるやり取りを苦痛にすることなく意見の相違を扱えるという意味であるべきだ。あなたの時間が最も奪いやすく、あなたの野心が最も先送りしやすく、あなたの希望が最も無視しやすい、という意味であってはならない。
一部の社員は、周囲の誰にとっても驚くほど都合のよい存在になるために、何年も費やす。
そしてその後、なぜ誰もその状況を変えたがらないのかと不思議に思うのである。


