職場には、なぜかあらゆる物事をスムーズにしてくれる人がいる。会議の時間が変更されても騒ぎ立てない。扱いにくいクライアントを安心して任せられる。誰かが困っていれば手を貸す。プロジェクトがうまくいかないときも、注意を要する新たな問題になるのではなく、たいていは解決策の一部になる。マネジャーがこうした人をそばに置きたがるのは当然であり、それには十分な理由がある。
問題が見えてくるのは、ずっと後になってからだ。たとえば、ある業務に不満を積極的に主張した同僚が、よりよい仕事に移っている一方で、自分はまだその仕事を続けていることに気づく。別の誰かは昇進を交渉で勝ち取るが、自分は認められるのを待っている。ほかの社員が都合の悪い依頼を断ると、その依頼は自分に回ってくる。どの瞬間を切り取っても、特段不公平なことが起きているわけではない。それでも数年がたつうちに、不快なパターンが浮かび上がることがある。つまり、周囲の仕事を楽にしてきた人ほど、見過ごされやすくなっているのだ。
これこそが、協調的であることの内側に潜むキャリア上のリスクである。多くの企業は、柔軟で、思いやりがあり、進んで手助けする人を必要としている。だが、あなたの基本姿勢が常に相手に合わせることだと、周囲はその柔軟性を寛大さとしてではなく、いつでも使える余力として受け止めるようになる。
危険なのは、同僚に嫌われることではない。
むしろ、あなたが今いる場所にそのままとどまることに、周囲がすっかり慣れてしまうことだ。
周囲は、あなたが何を引き受けるかを学習する
誰かが引き受けなければならない、気の進まない仕事を抱えたマネジャーを想像してほしい。ある社員はすぐに、それがどのくらい続くのか、既存の業務から何が外されるのか、自分の成長につながるのかを確認する。別の社員は「問題ありません」と言う。
後者の社員は、マネジャーの負担を軽くしたことになる。同時に、次回もその仕事の明らかな候補になった可能性がある。
これはたいてい、最も合わせてくれるチームメンバーを利用しようと、上司が打算的に考えた結果ではない。職場は単に、どこに摩擦があるかを学んでいく。一方に頼めば10分の交渉が必要で、別の人に頼めばすぐに同意が得られるなら、組織は不都合な仕事を後者へと流すようになる。
そうして小さな判断が評判になる。あなたは「柔軟」で、「頼りになり」、「いつも助けてくれる」人になる。すべて褒め言葉だが、その柔軟性が主に他人の優先事項に合わせることで成り立っていると気づくまでは、の話だ。
組織市民行動に関する研究は、従業員が正式な職務要件を超えて行う追加的な貢献を長く検討してきた。そうした行動はチームに大きく役立つことがあるが、自発的な貢献と期待される貢献との境界は曖昧になり得る。いったん同僚が、あなたは当然助けに入ると考えるようになると、断ることはごく妥当な判断ではなく、態度が変わったように見えてしまう。
もどかしいのは、本人がこうした譲歩の積み重ねを信用の蓄積だと考えているかもしれないことだ。何年も助けてきたのだから、きっと重要な機会が来たときには周囲が覚えていてくれるはずだ、と。
そうなることもある。だが、組織は必ずしも、そこまで正確に貸し借りを記録しているわけではない。



