アルコール12%台の完熟感と、独自のアイデンティティ
今回のマスタークラスでヘミングMWが提示したのは、国際基準で高い評価(JancisRobinson.comで16.5点以上)を獲得した山梨、長野、北海道の9銘柄だ。

テイスティングを通じて浮き彫りになったのは、気候変動に直面する世界のワイン産地が容易には模倣できない、日本のアドバンテージだ。それが、ヘミングMWが繰り返し強調した「アルコール度数の低さ」である。
「この控えめなアルコール度数でも、しっかり完熟した果実のキャラクターを表現できるのは、大きな強み」とヘミングMWは指摘する。事実、マスタークラスで供されたワインは、多くがアルコール度数12%台(あるいはそれ以下)に抑えられ、高くても13%にとどまっていた。
近年、ヨーロッパをはじめ世界の銘醸地は、極端な気候変動に苦しんでいる。猛暑による前例のない早期収穫や、数万ヘクタールを焼失したボルドーの大規模な森林火災など、ブドウ畑が過酷な乾燥と熱波に晒される事態が常態化しつつある。
温暖化が進む海外の産地でリッチな果実味を表現しようとすれば、アルコール度数は容易に14〜15%近くまではね上がってしまう。対して日本のブドウ畑は、豊かな雨に恵まれしっとりと青々とした景観を保っている。
セミナー内では、ヘミングMWがGoogle Earthを駆使してバーチャルで畑を訪問し、過去からの植生の変化をスクリーンに投影する一幕があった。日本の現場の生産者たちが、今もなお多雨によるカビなどの病害リスクに痛々しいほど悩まされているのは事実だ。しかし、ヘミングMWは「しっかりとした降雨があり、同時に果実を完熟させる暖かい気温も保証されていることは、日本の今後のブドウ栽培の強みになるかもしれない」と語る。

日本ワインが時間をかけて育んできたポテンシャルも花開きつつある。たとえば樹齢40年を超える古木から造られた北海道・千歳ワイナリーの「北ワイン ピノ・ノワール キムラ・ヴィンヤード 2024」。ヘミングMWは「冷涼産地らしい軽快でクリスピーなワイン」と表現したが、実際にグラスを傾けると、思いのほか高い熟度と奥底に潜む堅牢なタンニンの骨格を感じた。土地が蓄積してきた深みが、グラスの奥底に表現されているようだった。
山梨の甲州「98WINEs 芒(NOGI) 白 2023」においては、ゆずやみかんを思わせる和柑橘の香りに加え、お茶や出汁に通じるしっとりとした旨味、そして果皮の心地よい苦味が溶け込んでいた。濃厚さで圧倒するのではなく、日本料理の引き算の美学に寄り添い、素材の輪郭を浮き彫りにするテクスチャーには、世界のトップシェフやソムリエを魅了する、十分な説得力がある。

「甲州からクラシックなシャルドネ、ピノ・ノワール、そしてモダンでパワフルな赤ワインに至るまで、幅広いスタイルを内包する多様性もまた日本ワインの大きな強み」とヘミングMWは強調した。ただ、今回の9種類のテイスティングにおいて、もうひとつの重要な日本の固有品種であるマスカット・ベーリーAが含まれていなかった点は個人的に惜しまれる。世界に日本の多様性を提示していく上で、この品種をどう位置づけるかも今後の課題となるだろう。


