価値が証明される前に、誰が支えるのか
地域への投資には、この難しい時間差がある。人が集まることが確かになれば、事業を始める判断はしやすくなる。けれど、その確かさが生まれるまで、誰が支えるのか。全員が需要の証明を待っていれば、人が訪れる理由そのものが育たない。閉まる店が増えるほど、次の挑戦はさらに難しくなる。街の可能性を語る人はいても、それが誰の目にも明らかでない時期に、自分の人生の一部を差し出す人は多くない。田中さんは、その手前の不確かさを、自分のリスクとして引き受けてきた。
しかも、街に生まれる価値のすべてを、投資した本人が回収できるわけではない。ホテルを訪ねた人が別の店に立ち寄る。そこでの出会いから新しい仕事が生まれる。田中さん自身、あのホテルだけで採算を取ることは考えていないと言う。支出には持ち主がいるが、その先に生まれる価値には、まだ名前の分からない受け取り手がいる。田中さんは、他者の未来が入り込む余地に、自分の時間と資金を置いてきた。その仕事に、私は敬意を抱いている。
その営みは、多くの人の仕事と重なっている。田中さんが会長を務める「太陽の会」は、地域の経営者たちが発足時に各社の純利益の1%を持ち寄った集まりで、2018年には岡本太郎の《太陽の鐘》を広瀬川のほとりに迎え、馬場川通りの整備に約3億円を寄付した。整備は、行政、前橋デザインコミッション、地権者らの協働によって進んだ。資金を出す人、使い方を考える人、日々の手入れをする人。それぞれの関わりがあって、完成した場所は街の一部になっていく。

場所をつくる仕事は、建物にとどまらない。2022年には、糸井重里さんの発案に田中さんが応じ、前橋ブックフェスが始まった。全国から寄せられた本を、誰もが持ち帰る祭りである。2日間で約4万8000人が訪れ、2万6000冊を超える本が集まった。太陽の会は、中心街で店や事業を始める人への独自の助成も始めた。田中さんは自社の本社機能の一部を中心街に移す計画も進め、2027年には再開発街区に複合ビルを建てる構想がある。
では、その場所が街にもたらしたものを、何によって確かめればよいのだろう。
私たちの作品に置いた声の一つに、街を離れた踊り手の語りがある。舞台は狭く、床は1か所だけ沈んで踏むと鳴った。彼女は歩幅を変え、鳴る場所を拍の中に入れ、この舞台でいちばんよく見える踊りをつくった。店が閉まり、次の舞台を探すと、どこでも同じことを言われた。「東京なら、まだあるよ」。憧れていたわけじゃない。ここで踊れる場所があれば、ここにいた。踊る場所だけが、なくなった。
彼女のように街を離れた人は、人口統計では転出者として数えられる。その数字は、望んで出ていった人と、残る道を失って出ていった人を区別しない。住み続けたい場所と、続けたい仕事。その二つが両立しなくなったとき、選択肢は、数字に現れるより前に尽きている。


